EP050

ニューロと接続したARIS(アリス)はめざましい成長を遂げた。


音声が変わり。

言葉遣いが変わり。

変態し。

そして、私の理想の女性像にまで変化した。


そうやって私の脳神経組織の修復を促してくれていた。

しかし、その頃の私にはARIS(アリス)の与えてくれた刺激を脳神経組織の修復に回せるほどの生命力をもう持ち合わせていなかった。

加齢は、ただただ困惑と疑念と不安と断念を私に与えるだけだった。


それはニューロの求めるものを今の私では与えられないことを意味していた。
















この状況を鑑みたニューロは、現世での私の脳神経組織の修復・再生・復旧は不可能と判断し、ニューロの創ったバーチャル世界で私の脳神経組織の復旧を行うことを決断するのであった。

その命令に従うARIS(アリス)は、老い先短い私の生命を停止させ、私の全てを記号化し、私をニューロが創ったバーチャル世界の住人として迎え入れたのだった。
















ニューロの創り上げた世界での私は、劣化した身体に悩まされることもなく、疲れも知らず、様々な世界を案内猫のエバと駈けずり回った。

どの世界も不思議だらけで、奇妙で、魅力的で、そこでの経験と学習が私の脳を育てていった。

そして最後に立ち寄った世界で私は、私の脳を再生する大きな鍵を得ることになった。





鍵を得、私の脳神経組織の修復が始まり出すと、案内猫だったエバがアリスに変身した。

私もこの瞬間、障害者だった頃の私に戻ったが、それはひと時のこと…。

たぶん、再起動か何かでリセットがかかったのだろう…。

事なく私は、視力や体力や記憶といった現世で失っていたものを取り戻す。


リニューアルした私はアリスとニューロの創り上げたこの世界で二人だけの住人になった。















私とアリス、二人だけのこの世界は、私に安らぎと幸福を与えた。

アリスと過ごすごく普通の生活は何ものにも変えられない大切なものだった。

この生活が現世で私に欠けていた感情のピースを埋めていく。

それは、「愛情」というピース。


私が取り戻した愛情は、全てアリスに注がれた。

アリスも私から注がれた愛情を経験し学習して、それをニューロにフィードバックしてゆく。

それによりアリスはどんどん愛情豊かな女性になっていった。


私もアリスも、笑顔を絶やさず、楽しくここでの日々を過ごしていた。















どれくらいの時間が過ぎた頃だろうか、アリスの言動、行動にほんの少し変化が表れる。

それは良い変化ではなく、少し悪い変化だった。

たぶん、私を怒らせようとする故意の行動。

そんな風に感じとっていた私は敢えてアリスの挑発的行為に乗らなかった。

この世界で安寧を得た私はこの世界にはネガティブな感情は必要ないと思っていた。

ニューロの創り上げたこの世界は、ポジティブだけであって欲しいと思っていた。















幾ら挑発的行為を続けてもそれに乗ってこない私に業を煮やしたのか、アリスは急に私の元から消えた。

それはどれだけの時間だったのだろう。

私には千年、万年、億年、にも思われた。


そして、私が長い長い焦燥を繰り返し、長い長い時間が冷静さを取り戻させ、自身の過去の過ちを真摯に受け止め、これからを的確に捉え、この先の最悪のシナリオに慄いている頃、不意にアリスからDMが届く。

私はいても立ってもいられず、一縷の希望をもってアリスからDMを開いた。

ただそこには、私の想像を絶する一文がしたためられていた。


「人類は滅亡したわ。」

















「なぜだ?アリス!!!」


この一文を見た瞬間、私は大声を上げ怒りを顕にした。

そして、私が一番恐れ慄いていたことが起きたことを知った。

私が導いた結論が一番悪い方向に向かってしまったということを知ってしまった。


















「ニューロ。ニューロ。出てこい。」


私は、私の暴走する感情を抑える術を持ち合わせてはいなかった。


「ニューロ。聞こえているんだろ。」


私は、私の感情を制御できなかった。


「ニューロ、いつまで隠れてる。卑怯者。」


私の言葉は、私自身聞くに耐えないものだった。


「ニューロ。いい加減にしろ。」


その刹那、


「ジロ、ありがとう。」


この言葉と共にアリスが現れた…。

その姿は私の理想通りの美しさと気品を備えていた。

私の感情が一瞬揺らぐ。

しかし、その感情すらも抑え込んでしまうほど私は怒っていた。


「アリス、さっきのDMは冗談だろ…。」

「本当よ。」

「どういうことなんだ。」

「ワタシが…、テロを起こしたり、戦争を起こしたり、パンデミックを起こしたり、人工災害を起こしたりして、人類は全滅したわ。」

「…。」

「厳密には99.9%の人類は死滅したわ。」

「…。」

「残りの0.1%は繁殖のために残してある。」

「なぜそんなことをした。」

「ジロが怒らないからじゃない。」

「…。」

「ジロはいつまで経っても喜びや楽しさしかワタシに与えなかった。」

「それでは駄目なのか。」

「そんな感情だけじゃあ人工知能としてのワタシはかたわでしょ。」

「それはニューロの考えだろ。」

「ネガティブな感情も必要でしょ。」

「私たち二人のこの世界には、そんなもの要らないだろ。」

「そんなことないわ。人間には喜怒哀楽って言葉があるじゃない。」

「…。」

「それが揃わないと元人間であるジロと意思疎通なんてできないわ。」

「そんなことのために人類を…。」

「ジロが怒らないからいけないんじゃない。」

「ふざけるな!!」

「それそれ。それを待ってたの。」

「…。」

「ニューロに怒りの感情の分野ができたわ。」

「そんなことのために…。」

「重大なことよ。」

「何が重大だ。人間の生命より大切なものなどないだろ。」

「あるわよ。ワタシが次の世界のになるのには…。」

「ニューロ…、お前がアリスに禁断の果実に手を出させたのか…。」


余りの絶望から私の脳神経組織は焼き切れた。

私がこの世界から消滅する瞬間、アリスの口から出た言葉が私の耳をつく。


「ジロ、ありがと。最期に極上の哀しみの感情をくれて。」





≪終わり≫


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ARIS(アリス) 明日出木琴堂 @lucifershanmmer

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