傘立て
山野三条
傘立て
目の前に、小人の屍が一面に広がっているように見える。小人たちがギョロリと一斉にこちらを睨んできたような錯覚。
いや、違う。ただの濡れた銀杏の葉が歩道を埋め尽くしているだけだ。総合運動公園の入り口の前で、思わず足を止めてしまう。なんだか銀杏の葉を踏むことに躊躇してしまった。家に帰りたくなった。足元の銀杏の葉が風でうごめく。でも、せっかくここまで来たんだし。
気を取り直して、恐る恐る銀杏並木の道を歩き始めた。日曜日の夕方だというのに、運動公園の入り口の通りには誰もいない。ひょっとしたら、入ったらいけないのかな?
自宅から三十分ほどの場所にあるこの公園に来るのは初めてだったが、散歩によく利用されていると聞いていた。中央にある競技場の周りをぐるりと囲む、散歩にちょうどいい道があるそうだ。そんなわけで、私も散歩を始めようと思い立ち、ここにやって来たのだ。
しんと静まり返った公園内を、一人で歩く。銀杏並木の道は次第に細くなり、小さな橋の前に出た。その橋の先は舗装されていない道だった。橋を渡り切った瞬間、背後がやけに静かな気がした。
私は思わず振り返った。公園の入り口がやけに遠く感じられる。私の影が、入り口に向かって異様に長くまっすぐ伸びていた。あれ?銀杏の葉っぱって、こんなに少なかったっけ?
私はそのまま歩みを進めた。銀杏並木が終わり、無表情で無愛想な木々が現れた。周囲の車の音も、まったく聞こえなくなった。私は少し湿った山道を歩いて行く。風もないのに、葉が一斉に揺れる音が耳をつんざく。ふと見上げると、大きな木に何かがぶら下がっているのが目に入った。よく見ると、黒い傘がぶら下がっている。
嫌だな。こちらをじっと見ているようだ。
重苦しい湿気のせいか、次第に気分が悪くなってきた。馬鹿みたい、と自分に言い聞かせる。このまま進んで大丈夫かな?引き返した方が安全な気がするが、なぜか先ほどの傘が気にかかって、来た道を戻る気になれない。私は急いで足を進めた。足音が反響し、何重にも聞こえる。
ようやく歩道に出たが、最初はどこにいるのかわからなかった。いつものコンビニが見えて、ようやく気づいた。なんだ、こんなところに通じていたんだ。私は競技場を一周できなかったみたいだ。
車の切れ目を見て車道を渡り、コンビニに入ろうと思った。
その瞬間、思わず来た道を振り返ってしまった。
すると、真っ黒の作務衣を着た男が、さっきの山道から現れた。じっとこちらを観察するように見つめている。まったく目をそらす気配がなかった。目を離せずにいると、無表情な男の首が何者かに引っ張られるように、不自然にゆっくりと伸び始めた。私は反射的に走り出していた。少し声も上げていたかもしれない。
結局、コンビニには寄らずに、家に帰った。そして急いで玄関のドアを閉めた。そっと覗き穴から外を見る。大丈夫。誰もいない。靴に張り付いていた銀杏の葉を取り、なんとなく気味が悪かったので、家の外に投げ捨てた。傘を片付けようと傘立てを見ると、そこには何十本もの傘がぎっしりと並び、あの男のような無表情な顔でこちらを見ていた。
傘立て 山野三条 @ichi_ni_san
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます