勇者の帰還

おじさんさん

家路

 ここではない何処か。異形の者が地上を支配した世界のお話。


 日常は唐突に非日常の世界へと形を変えた。


 突然に現れた異形の者。『鬼』


 昔話や伝奇の世界でしか存在しなかったはずの異形の者たちは伝承が伝えた様にツノがあり、ある者は一本、またある者はニ本と恐ろしい面妖と圧倒的な暴力で人々を恐怖で支配していった。


 人は救世主を待ちわびた。しかしいくら待っても現れない、ならば自分たちの手で力でこの非日常に終止符を打つため『鬼』を討伐するべく勇者を育てた。


 手段のひとつとして『鬼』の力との融合も試されたが、ほとんどは『鬼』の血に支配され異形の者になってしまい処分された。

 なかには逃げた者もいたという。


       500年


 遂に人は勇者を育て『鬼』を討伐した。

 それでも全ての『鬼』を討伐するのは難しく、『鬼』の存在に恐怖している村もある。


 勇者見習いのハルバラード。


 勇者の血統に生を受け、15歳の春までに勇者の証を得ないとその勇者の家は途絶えしまう。

 その系譜に生まれてしまった以上は親の期待に応えて勇者になるべく鍛錬をしていた。


「今日もゲラ退治に行くの? ハル」


 ハルバラードに声をかける少女。黒髪をポニーテールにして縛り大きすぎるリボンをつけている。


「ユウナ、15歳の春がくるから勇者の証を示さないとダメなんだ」


 勇者見習いとは思えないほど覇気の無い顔をユウナに見せるハルバラード。


 勇者になる為の条件。


 村の外に出て『鬼』が生み出した異形の者「ゲラ」と呼ばれている怪物を倒しその証を手に入れなくてはならない。

「ゲラ」は『鬼』に比べたら弱く、勇者見習いの経験値稼ぎみたいな存在。


 「嫌だったら辞めればいいのに」


 ハルバラードよりも勇者っぽいユウナの言葉に甘えたくなりそうになる。


「おじいちゃんもお父さんも勇者だったから、僕もみんなの期待に応えて勇者にならないと……」


「そんなモンなの?」


「ゲラ」退治より机に向かっている方が似合うと思っているユウナ。


「行ってくるよ」


 こんな時間がハルバラードとユウナの日常。

 

 村の外


「怖くない、怖くない……」


 震える手で持っている剣は、代々伝わる勇者の剣。


 血統で人が勇者になれるはずもなく、ハルバラードは「ゲラ」を探しているのか、見つからないようにしているのか、足元が怪しくふらふらとしている。


「帰ろう……」


 途中で怖くなって村に帰るのも日常。


「おかえりなさいハル、今日もケガがなくてよかったじゃない」


 ユウナが出迎えるいつもの光景。


 ケガをしていないのは「ゲラ」と戦っていない証。

 村の人からは弱虫と蔑まされる。


「また、ダメだった……」


 肩を落とすハルバラード。

 どうして自分なんだと、気が重くなる。


「私はそんなハルが好きだよ」


「僕は自分が嫌になってしまう」


 臆病者なのか、優しさなのか、勇者の血が流れているはずなのに自分が嫌になってしまう。


 「そういえば、ユウナはずっとリボンをしているよね?」


 唐突にそんな疑問が頭をよぎった。


 ユウナと出会って10年は経っている。その間にリボンをしていないユウナを見た事がなかった。


「そうだね、リボンが好きだからかな」


 いつものユウナと違って少しだけ暗い顔をして答えた。


 最近までは一緒にお風呂にも入っていた。その時もリボンをしていた様なと思っているハルバラード。

  

「そういえば、前は一緒に風呂にも入っていたよね」


 ハルバラードの考えがユウナに伝わったのか、顔を赤くするハルバラード。


「アソコだけは勇者だったわ」


 ますます赤くなるハルバラード。


 こんな日常が続けば良いと思っていた。


「ハルバラード!」


 誰かが大声でハルバラードを呼ぶ。


「父さん」


「お前は、またゲラを倒さずに帰ってきたのか!」


 ハルバラードの腰の剣を鞘ごと奪い取りそのまま体に叩きつける。


「この臆病者が!」


 うずくまるハル。何度も何度も叩きつける父。


「父さん… ごめんなさい…」


「お前は! それでも勇者の血統か! オレの子か! じいさんの孫か!」


 泣いて謝っているハルバラードがまた父の逆鱗に触れるのか。鞘が割れそうな勢いで叩きつける。


「もうやめて! ハルが死んじゃう」


 ハルバラードを庇う様に覆い被さるユウナ。


「明日だ。明日こそゲラを倒して勇者の証を見せてみろ」


落ち着きを取り戻し剣を置き去っていく父。


「ハル。大丈夫?」


 ハンカチでハルバラードの血を拭きながら心配をするユウナ。


「ごめん、大丈夫だから」


 拭いているハンカチを手で制する。


「臆病者はあのまま死んでもよかったのに」


「バカね、ハルが死んじゃったら私。泣いちゃうよ」


 ハルバラードを抱きしめるユウナ。



 次の日。


 今日が最後の試練だと覚悟を決めて村の外に「ゲラ」を探すハルバラード。


「そんな足元じゃ、うさぎだって倒せないよ」


 急に声をかけられて思わず腰の剣に手をかけようとするが震える手ではそれもできそうになかった。


「私よ。わたし」


 ユウナだった。


「ユウナ。どうしてここに…」


「だってハルだけじゃ心配でしょ」


 屈託なく笑うユウナのリボンが揺れていた。

 ハルバラードはユウナの仕草がとても愛しく思った。


「ゲラが出たら危ないじゃないか」


「あら、守ってくれるんでしょう」


 絶対に守ると心に決めたハルバラードであった。


 その日は静かだった。


 いつもなら虫の鳴く音、鳥のさえずりが聞こえる午後の時間なのに何も聞こえない。

 村の外は異常な静けさと重い空気が支配している。


「嫌な風ね」


 ふたりはその気配に気づく。


 討伐され絶滅寸前の異形の者『鬼』が立っていた。


 ごく稀にこうした『鬼』が現れることもある。でもなんでこんな時にと、ふたりでなくても思うだろう。


 今日の僕なら「ゲラ」なら倒せるとそう思っていたはずである。


 ハルバラードは目の前の異形に恐怖心を通り越して諦めにも似た感情がわき立つ。


「ユウナ…逃げろ…」


 守ると約束した。震える声でユウナに逃げろというハルバラード。

 カタカタと抜いた剣も震えている。


『鬼』は久しぶりに人というエサを見つけたのが嬉しいのか。うすら笑いを浮かべていた。


「ごめんユウナ、キミだけで…」


 自分はきっと助からないユウナだけでも助かってほしいハルバラードがキミだけでも逃げてと言うつもりだったのだろう。


 ユウナがハルバラードの決死の想いを遮った。


「震えているわよ。怖がりなんだから」


 微笑む。


「でも、カッコよかったよ」


 ポニーテールのリボンを取るユウナ。


「ツノ?」


 ユウナの頭には一本のツノが生えていた。


「これが私…」


『鬼』と対等の力を手に入れる為、『鬼』と融合した話はハルバラードも聞いた事がある。


「まさかユウナ、君は」


 そのほとんどが失敗作として処分されたのだが稀に逃げのびた融合体もいた。


「ハル、ごめんね」


『鬼』と対峙するユウナ。


 目の前の柔らかそうな少女を見て『鬼』は歓喜に満ちた顔になる。


「まぁ、私もあなたと同じで鬼同士、でもね」


 刹那の勝負だった。


 一瞬にして『鬼』の首が地面に落ちた。

 ユウナの手刀が『鬼』の心臓を貫いている。


「ハル、これが鬼の倒し方」


 剣をハルバラードに渡して自分の首に当てる。


「殺していいのよ、あなたは勇者になれる」


 ハルバラードは目の前で起きた事にまだ気持ちがついてこなかった。


 ひとつだけ心に決めている大切な約束の為、ハルバラードは動いた。


 剣をユウナの首から離す。


「ユウナ、僕には君を殺すなんてできないよ」


「私は鬼だから、ハルに殺されなくてもきっと誰かに殺されるのよ」


「この事を知っているのは僕だけだから」


 勇者である証それは誰かを守る為に戦うこと。


「僕は今度こそ勇者になってユウナ、君の事を守らせてほしい」


 手を差し出すハルバラード。


 ユウナの目から涙が溢れ、その手をつかむ。


「ちゃんと守ってね、勇者さん」


 いつもの笑顔になっているユウナ。


「さあ、一緒に帰ろう」


 手を結び家路につくふたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

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