第4話(4)

「で? 王都のどこへ届ければいいって?」

「それはまだ、私にもわかりません」

「そいつも機密事項に含まれてるってわけか」


 たしかに、科学開発技術省のトップですら暗殺対象となった事案である。さまざまなことが事前に秘されているのは、当然の措置と言えるかもしれない。ついでに言うなら、相場を遙かに上回る今回の報酬額は、運搬物の価値に見合ったものとして設定されたわけでなく、相応の危険を伴うがゆえの生命の対価ということだったのだろう。


「……ったく、この俺が陸路使うとか、なんの冗談だよ。王都まで、どんだけかかると思ってんだ」


 苦々しげに呟いた男は、取り出した煙草を銜えて火を点ける。そして、深々と煙を吐き出した。


「べつに知らなきゃそれでかまわんが、おまえを狙ってるのはどういう種類の連中だ?」


 とくに答えを期待したわけではない。おそらくそれもまた、おいおい判明していくのだろうと思いつつ、頭に浮かんだ疑問をそのまま口にしただけだった。それと同時に、朝食を摂り損ねたことも思い出して眉間に皺が寄る。空の移動ならば、ひとっ飛びで最寄りのミスリルまで戻って食料を調達できるが、山越え込みでの陸移動となると、いったい何時間後になることか。

 質問を投げたシリルの思考は、すでに今後のスケジュールと、王都に向けてたどるべき道のりへと移行していた。その耳に、ポツリとした回答が投げ返された。


「王室管理局です」


 無言で顧みた男の視線を、平静に凪いだ眼差しが受け止めた。

 なにかを言いかけた男は、その言葉を呑みこむとフッと口許を歪めた。


「了解。道中狙われるだけでなく、手ぐすね引いて待ち構える敵陣の中に、自分から飛びこんでいくことになるってわけだな」


 うますぎる話には必ず裏がある。すでにイーグルワンの修理費用が発生していることは間違いない。これで本当に生命まで落として報酬をもらい損ねたのでは、到底割に合わなかった。


「とりあえず、公的機関に2方向から追いまわされるのだけは勘弁してもらおうか」


 銜え煙草で端末を操作したシリルは、テッドから送られてきた契約書を呼び出した。

 契約を取り交わす当事者の欄が空白となった文書にざっと目を通し、無造作にパネルにタッチする。生体情報を読みこんだ端末は、ただちにそこから入手した内容をデータ化して契約文書内に情報を反映させた。

 受託欄に自分の名前が記されたのを確認したシリルは、末尾の返送ボタンをふたたびタッチする。本来であれば、委託側と直接細かな契約内容を確認して双方の意見を擦り合わせ、合意を得たうえでの契約締結となる。だが今回は、不測の事態が発生した中でのやむを得ない契約ということで、契約書内に設けられていた『仮契約』のチェック欄にマークを入れることで対応することとした。


「ったく、テッドの持ってきやがる話にロクなのはねえな」


 小さくぼやいた男は、操縦桿わきに備えつけられたアッシュトレイで煙草の火を揉み消すと、あらためて助手席に座る血の通わない麗人を顧みた。


「おまえ、名前は?」

「デウス・エクス・マキナ=プロトタイプHCです。ミスター・ヴァーノン」

「俺に早口言葉やらせる気か。そりゃ名前じゃなくて型番だろが。研究者のあいだで通ってた呼び名とか愛称はねえのかよ」

「それでしたら、『クラヴィス』と」


 ――Clavis、ねえ……。


「ミスター・ヴァーノン?」

「あ~、おまえ、そのかたっ苦しい呼びかたやめろ。シリルだ」

「わかりました、シリル」

「でもって、おまえは……」


 人の姿を模して造っておきながら、道具と見做みなすやり口が気に入らなかった。

 なんらかの筋書きの中で、『鍵』となる用途を割り振られた高性能のヒューマノイド。

 開発にあたって莫大な費用を注いだにせよ、精巧すぎる人形の存在は、どんな理由があろうと趣味がいいとは言いがたかった。そんな連中にならうなど、シリルの矜恃きょうじが潔しとしない。


「そうだな」


 呟いた男は、思案をめぐらせた。


 黒煙と粉塵が乱れ舞うなか引き寄せた、一点の曇りもないクリスタルの耀き――


「『リューク』――これでいくか」

「シリル?」

「リューク・クラヴィス――いまからそれが、おまえの名前だ。俺が請け負ったからには、きっちり無傷でおまえを王都まで連れてってやるよ。よろしくな、相棒」


 腹をくくった男の晴れやかな笑みを、クリスタル・ブルーの煌めきを放つ美しい双眸がしずかに見返した。

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セイクリッド・レガリア~熱砂の王国~ 西崎 仁 @Jin_Nishizaki

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