第4話(3)

 ヒューマノイドロボティクス研究室の関係者のみならず、おなじ建物内に拠点を構えていた他の研究施設ごと吹き飛ばした残忍な手口。まるで容赦のない攻撃は、間違いなくこのヒューマノイドに向けられていた。そして行きがかり上、そのヒューマノイドをうっかり事故現場から回収してしまったシリルは、理由もわからぬまま謎のテロリストによる集中攻撃を仕掛けられる羽目になった。

 イーグルワンを手足のように操る技術力がなければ、間違いなくあの場で蜂の巣にされ、死んでいただろう。


 見事な操縦技術で危急の場を切り抜けたシリルであるが、高速でビルのあいだを飛行する際、機体の一部を、飛んできた砲弾が掠ったのを感知した。巧みに操縦桿をさばいて崩れかけたバランスを立てなおし、そのまま速度も高度も維持しつつゲートまでたどり着いたが、砲弾の掠った場所とエアカーのエンジン出力の数値の変動に、嫌な予感をおぼえた。そういう、当たってほしくない予感ほど的中するのが世の常理じょうりというものである。

 ゲートを抜けてジェット機に切り替えようと操作したシリルは、操縦者ならではの勘が正確に愛機の不調箇所を見抜いていたことを再確認することとなった。イーグルワンは主の命令に、うんともすんとも応えなくなっていたのである。


 地上車としてなら普通に動く。エアカーとして低空飛行をすることもかろうじてできる。だが、エアカーはどこまでもその場しのぎの移動手段にすぎず、長距離移動にも高度を保っての飛行にも向かない。山越えなどもってのほかであることは言うまでもなかった。空陸両用機は、シリルのような職種の人間にとって必須の機種であるが、その肝腎の『空』の部分が機能しなくなっていた。


 ある程度の故障であれば、自分で整備することも可能である。しかし、砲弾の掠った箇所とCPUの不具合の状況を見るかぎり、専門の修理に出さなければお手上げといったところだった。当然ながら、その修理費は莫大な額にのぼる。最高級クラスの地上車数台分といったところか。思って、シリルはがっくりと肩を落とした。


 修理代まで請求できるんだろうな……。


 内心でぼやきつつ、すぐ横の秀麗な美貌を恨みがましく見やった。

 まったくもって気乗りがしない。できることなら、いますぐにでも外に放り出してしまいたかった。砂漠のど真ん中に放置したところで、ヒューマノイドなら干涸らびて死ぬこともないだろう。ここまで性能がよければ、自力でキュプロスに戻ることも可能に違いない。


「ミスター・ヴァーノン、ひとつ、付け加えさせていただいてもよろしいでしょうか」

「なんだよ」

「このまま仮契約が締結されないことが確定した場合、あなたには、シュミット研究所に所有権のある私を無断で持ち出した罪が発生します。そうなれば、間違いなく窃盗の容疑がかけられることになるでしょう」

「おいっ!」


 シリルは怒気を強めた。


「たいした度胸だな。機械の分際で人間様を脅迫か?」

「脅迫ではありません。所有権に基づく正当な権利行使の可能性について、事実関係を明確にした場合の結果をお伝えさせていただきました」

「……なるほどな。是が非でも受けさせようって魂胆か。生命の恩人相手にいい根性だ」

「失礼ですが、ミスター・ヴァーノン、使用された言葉の一部、あるいは認識されている事実の一部に誤りがあります」

「ああ?」

「私は、外観上は人の姿を模して造られ、さながら生きた人間のように反応し、思考し、学習することができますが、プログラムされた機能を超えて生命活動をおこなうことはできません。もし仮にあなたが私を、あなたがたヒト科ヒト属の生物と同種の有機体と誤認されておられる場合は、ただちにその認識をあらため――」

「わ~かったっ! わかりました!」


 シリルはうんざりと顔を蹙めて手を振った。


「ったく、うっかり口も滑らせられやしねえ。おまえが動く人形ってことは重々承知だよ。『生命の恩人』ってのは、いわゆる言葉の綾だ。いちいち言葉尻とらえて、まともに意味を受け取るんじゃない。そんだけ優れた分析力があるなら、俺が本当に誤認してるかどうかぐらい判断できんだろ」


 シリルをじっと見つめ、クリスタル・ブルーの双眸を瞬かせたヒューマノイドは、失礼しましたと引き下がった。


「申し訳ありません。ご不快に思われたならお詫びします。私はまだ、人とのコミュニケーションに慣れておりません」

「べつにいいさ。こっちもそういうもんだと理解しておくことにする」


 言って、男はそっけなく肩を竦めた。


「ともあれ、仮契約を結んでおまえを王都に届けないことには、俺は完全なお尋ね者ってわけだな?」

「はい」


 いまでさえ大手を振っておもてを歩ける堅気者とは縁遠いというのに、これで本当に指名手配されて警察に追いまわされることにでもなったのではシャレにならない。うっかり余計なお荷物を抱えてしまったせいで、すでに正体不明の犯罪組織集団のブラックリストの筆頭に載せられていることは間違いないのだ。これ以上厄介な事態になることだけは避けたかった。

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