ティオニスの白騎士 ー攻略したデスゲームの世界に転生し、知識を駆使して世界を救うー

逆雨

プロローグ

デスゲームが攻略されて早一か月。「サバイバー」と呼ばれる生存者たちは、政府により保護され、以前の生活に戻れるように支援を受けていた。

 中学二年の夏、あのデスゲームに参加してから攻略されるまでの約三年間。本来なら真っ当な青春を送り、普通の高校に進学して多くの人と触れ合いながら過ごすことのできたであろう時間は無慈悲にも失われ、そして同じゲームをプレイした友人、知人たちは全員亡くなってしまった。

 俺と同じく学生のうちにあのゲームをプレイし、「サバイバー」として生還した者たちは、国が用意した特別な学校に通い、心理カウンセリングなどのサポートを受けながら過ごしている。全国各地から集められた学生たちは、突如社会と切り離された不安感により、同じ生存者であるという繋がりに縋りつき、それでいて繋がりの原因となったあのゲームを憎み、必死に蓋をしようとする矛盾の中で生きていた。

 まるであの過去を忘れたかのように活発な雰囲気のあった教室は、最近は陰鬱な雰囲気に呑まれている。それも仕方ないだろう、つい先週にこの学校で自殺者が出たのだ。

 すぐに病院へと運ばれたが、誰がどう見ても手遅れだった。彼女が落ちたすぐ間近にいた学生たちはみな、その音が耳から離れなくなったという。

 この校舎の屋上には、飛び立った彼女の靴が残されていた。そしてその靴の下には、彼女の遺書が一つ、「ごめんなさい」とだけ書かれて置かれていた。

 そうだ、あの悲劇を誰も忘れられてなどいないのだ。忘れようと、せめてそのように振舞おうとしてでた、空元気の一つに過ぎない。そんなものは、ひとたび現実の風を吹かせば、いとも簡単に吹き飛んでいく。自分がなぜ生き残ってしまったのか、なぜ自分はあの時に死ななかったのか、答えの出るはずの無い疑問を何度も何度も頭に打ちつけながら、死から遠ざかろうとしているのだ。

 そういう俺も、その中の一人だった。寧ろ、自分が生き残っていることに最も強い疑問を持っているのは、俺であると思っている。俺は一度、あのゲームの中で死ぬことを選択し、そして実際に死んでいるのだから。

 だというのに、目が覚めてみれば病院のベッドの上で、生命維持装置につながれた状態で横たわっていた。医師曰く、俺のヘッドセットは間違いなく終了システムを実行していたらしいが、何らかの原因で頭が守られていたらしく、脳に激しい損傷を残さないままシステムが停止したらしい。

 そんな状態で俺に残されたのは、激しい後悔と自責の念だけだった。家族の、俺を包み込むような優しい言葉の数々が、かえって俺の醜い部分を際立たせる。

「ありがとう」と、その一言を言うためにどれほど悩み苦しんだことか。

 そんな日々を過ごして、今更友人を作ろうなどとは思えなかった。クラスの奴らが話しかけてきても、俺は彼らの目をまっすぐと見つめることすらできない。そして彼らも、その理由に薄々気づいたようで、俺と会話しようとする奴はだんだんと減っていった。

 しかし、そんな俺にも声をかけてくる奴が一人だけいた。

桜井美琴(さくらいみこと)、彼女だけは他の奴らとは違い、無理をして笑顔を作って明るく振舞おうとしたり、現実に怯えて交流を拒絶するようなことはしなかった。

 ただ淡々と、現実を受け入れているような雰囲気だった。物静かで達観しているかのような瞳で人を見つめる。彼女に見つめられると、まるで自分の奥深くを見透かされているような気持ちになり、多くの学生たちは俺とは逆に彼女の瞳を見つめられなかったそうだ。

 この瞳を俺は手放すことができなかった。そらしてはいけない、そうすれば彼女との繋がりはここで消えてしまうと、そう思ったのだ。そうしてしばらく見つめあった後、彼女の方から目を背けたのだった。その日の放課後、彼女の方からこちらに話しかけてきた。

「この後時間、ある?」

 まとめていた後ろ髪を解きながら、そう問いかけてきた。返事はせず、ただ立ち上がりカバンを肩にかけると、彼女はそのまま歩きだしていった。その横につき、二人で横並びになりながら廊下を進んでいく。

「あなた、あのゲームの中で人を殺したことがあるんでしょ」

 他の人間であれば、決して触れるはずの無いその話題に、彼女は躊躇せず聞いてきた。どういう意図があるのかと、一瞬考えたが、それが無駄であることを察知し素直に「ああ」とだけ答えた。

「やっぱり」

と、それだけを言い、しばらくの間沈黙が流れた。コツコツと一定のリズムで鳴り響く足音が、少しだけ早くなったかと思えば、彼女はひらりとこちらを向いて立ち止まった。

「あのゲームをクリアしたパーティーを知ってる?」

 ああ、知っているとも。俺はそれを二年半に渡り、待ち続けたのだから。

「星園の騎士団、だろ」

 余計なことは言わず、ただ自分の知っていることを最小限だけ伝える。自分の後にあのゲームをクリアした集団の名前のみを。

「そのメンバーが誰か、政府には全部知られてるらしいわ。」

 あまりに突然の言葉に、思わずびくりとする。もしそれが知られているのだとしたら、自分たちの情報などすでに知られているに違いない。その時、一番初めに考えたのは、家族の表情であった。

 自分が罪を知られ、それによって裁かれるのはいい。ただ、自分の罪を知ったあと、あの優しい言葉をかけてくれた家族が、どんな表情で自分を見るのか、どんな言葉で自分を罵るのか、そして、自分が裁かれた後に、彼らにどれほどの気苦労を掛けてしまうのかと考えたら、ひどく恐ろしくなった。

「あのゲームの中で人を殺したプレイヤーも同じ。あなたも、そして私も、そのうち捕まってしまうかもね」

 そんな恐ろしいことを、彼女は平然と笑って言った。彼女も、人を殺めた経験があるのか。どおりでと納得していると、彼女は急に顔を近づけて言う。

「あなたは、死にたいと思ったことはある?」

 あるに決まってる。それこそ、どうしてあの二年間のうちに死ぬことができなかったのか、疑問に思うくらいだ。

「そう、でももし、もし私たちが許されたとしたら...友達に。お互いの真実を知る仲として」

 そうか、君もきっと仲間が欲しかったのだ。一人で背負うには重すぎる、その真実を。でも、俺は断るほかない。なぜなら、彼女のそれと俺のそれとは、おそらく一線を隔す。そんなものを、他人と共有することなどできない。背負わせることなどできるはずもない。

「心配しないで」

 そういう彼女は、どこか寂しげでそして初めて、

「私は死なないから」

彼女は嘘の笑いを作って見せた。


 その日の夕方、テレビである情報が流された。

曰く、例のゲーム中に他のプレイヤーを殺した者のレッドリスト。

そこには、予想通り彼女の名前と、

最も多くの人を殺した最悪のプレイヤーの名前として、俺の名前が載っていた。

 思わず家族の方を見ると、事前に聞いていたのか両親は顔色を変えずそのまま食事を進めていた。ただ一人、妹のすすり泣く声だけが、食卓に響いていた。

 まるで通夜にでも変わったかのような部屋で、一人だけ先に食事を終えた父が一言、「俺は、お前の味方だ」と。そうして父が残した食器を母親が片付けながら、「きっと理由があったのよね」と。

 罵られた方がどれほどマシだったことか。その優しさにどれほど苦しめられたことか。自分の両親がお人好しで、自分を責めることなどしないと、そう理解してしまうほどに。

 妹だけが「どうして。どうして。」と繰り返すばかりで、俺はそんな妹に謝りながら抱きしめることしかできなかった。

 

 翌日のことだった。早朝に家のチャイムが鳴らされ、それにでた母親が今にも死にそうな声で俺の名前を呼んだ。寝巻のまま下へと降りていくと、そこにはスーツを着た大人が数人、令状を見せながら立っていた。

「少し待っていてください。今から着替えるので」

 そう言うと、令状を持った男がむっとした顔でこちらを見る。俺はそれに向かって軽く会釈をすると、ゆったりとした足取りで自室へと向かい、私服へと着替えた。

 下へと戻ると、大人の人数は減っており、二人の大人の前に立たされ、ゆっくりと車へと誘導された。それからのことは、詳しく覚えていなかった。

 度重なる面談と、弁護士とのやり取り。自分は一貫して、自分の意志で殺してきたと、自分が原因であの人数が死んだのだと弁護士に伝えた。しかし、それを否定するような証拠も見つかっているらしい。死にぞこないが、最後に余計なことをしてくれた様だった。

 俺は自分の主張を変えず、公平な場で、公正な手段で裁かれることを望んでいると、伝えた。それが今の自分にできる唯一の贖罪であると。

 そんな自分の態度に、遺族のみならず傍聴席の人間ですら立ち上がり、暴言を浴びせる始末だった。寧ろ最後まで屑であった方が、彼らとしては気持ちの整理がつくのであろうか。次の一言を考えているうちに、ふと傍聴席の一端に彼女の姿が見えた。

 周りが立ち上がり暴言を浴びせる中、一人だけ座り込み、腕と足を組んでこちらをじっと見つめている。俺のことを見放したか、または見限ったのだろうか。表情ひとつ変えずに見つめるさまは、俺に初めて会った時のことを思い出させた。

 彼女に話しかけられる以前から、彼女の眼には何度か引き込まれたことがある。そのたびに俺は、彼女から得も言われぬ感情を受け取っていた。

 だが、今回に限ってはそれに応えることはできない。返すものもない。なぜなら自分は今から裁かれ、自分に関係する人間も全て攻撃の対象となるからだ。

 今の自分にできることは、願うことしかない。そしてそれを自分の最後の言葉とし、あわよくば彼らを守る盾となることを願うばかりである。

「俺がもし、まともに生活できていたなら。あんな行動は起こしませんでした。俺を育ててくれた家族に非はありません。それはひとえにあのゲームの異常な世界と、俺の狂った世界の見方によるものです。なのでどうか、俺に関わってきた人を責めないでください。すべての人は、俺による被害者なんです。」

 それだけ言うと、群衆の言葉は、さらに強い言葉へと変わっていった。しかし、裁判官だけは、それを聞いて少し悲しそうな顔をした。


 裁判官によって判決が下される。俺はそれを目を瞑りながら黙って聞いていた。下された判決は、「死刑」。当然のことだった。

 17にして死刑を宣告された俺は、ただただその結果を受け入れるほかなかった。


 裁判が終わり、騒がしい裁判上を後にした俺は、複数の警官に囲まれながら廊下を歩いていた。これから自分はどこに行くのだろうか、と考えているうちに、目の前にいた警官が歩みを止める。顔を上げて周りを見渡してみると、それらしい扉や、牢は見当たらない。それどころか、周囲にいたはずの警官ですら、姿を消していた。

 何があったのか、立ち尽くす自分の前に、思わず目をそらしたくなるようなほどの光を発しながら、何かが姿を現した。

 ゆっくりとその姿を見てみれば、どこか見たことのあり、そしてこの場に似ても似つかない姿の女がいた。

 突然の出来事に言葉を失っていると、その女は一言も話さずに直接意味だけを伝えてくる。

(あなたは、それを罪だと思っていますか。)

 当然だ。そう思った矢先に、次の意志が流れ込んでくる。

(それを償うべきだと思っていますか。)

 同じく。答えるのも馬鹿らしいほどの質問が繰り返される。

(なら、あなたはここで死ぬべきではありません。)

それは一体どういうことなのか。答えを出す前に彼女は続ける。

(あなたに、救ってほしい世界があるのです。)

 よりいっそう、まばゆい光が強くなる。その光に包み込まれていくうちに、だんだんと意識が遠くなっていった。俺はその現象を最後まで理解できないまま、その光に飲み込まれて行ってしまったのだった。

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