第2話:青い星とラジオから流れた音

 そんな習慣がしばらく続いたある日のことだった。

 この小さな星の軌道が、ある青い惑星に近づいたときのこと。

 僕はいつものように日課の夜を楽しんでいた。もちろんラジオを付けて。

 そうしたら何の偶然だろう。いきなりラジオから声が聞こえてきた。

 僕はとても驚いた。そんな声が聞こえてくることなんて一度も無かったし、人の声なんて久々に聴いたから。

 ラジオの声はこんなことを言っていた。

「今日この大晦日。年の瀬のこの場所にはたくさんの人が集まっています」

 何かを説明するような女性の声の後ろには、多くの人の声が重なりあっていた。男性も女性も、大人も子供も、とにかくたくさんの種類の声がしている。

 どの声も賑やかでとても楽しそうで、何かを期待しているそんな声だった。

 少しだけ心がざわついて、僕は思わずラジオを見つめた。

 どうやら、何の偶然か青い星のラジオ番組の電波をこのラジオが拾ってしまったらしい。周波数まで偶然にあうなんてどんな確率やら。

 ひょっとしたら、このラジオもあの青い星でつくられた物なのかもしれないな、と僕は考えた。

 なおもラジオからは声が聞こえ続けている。

「ここにいる皆さんは、もうすぐ迎える新年を祝うべく。そのときを今か今かと待ち望んでいます」

 ……ああ、そうか。青い星ではもうすぐ新年なのか。

 僕の暮らしている星の暦には、新年の概念なんてあってないようなものだけど、その概念は知っている。昔いた星ではそんなことを楽しみにしていたこともあったっけ。

 ラジオの向こうから初めて聞こえるノイズでは無い声。その声はとても騒がしくて、僕の好きな夜の音はかき消されてしまう。聴きたくなかったはずの音。

 それなのに、僕は今このラジオの音にひかれている自分に気づいていた。

 なぜだろう。こんな音がいやで元の星を離れたというのに。


 ラジオ中ではインタビューが続く。

「今どんなお気持ちですか?」

「今年一年無事に過ごせたことがうれしいです。来年もとにかく健康で」

 年老いた男性の声。

「次の年はなんか新しいことがありそうな気がしています」

 若い女性の声。

「とにかく楽しみです!」

 さらに若そうな男性の声。

「おみくじひいて、あまざけのみたいです」

 そして、子供の声。

 どの声も、とても明るくて、みんながこの新年って言うイベントを心から楽しんでいることがよくわかった。

 そうか。僕がこの音を嫌いにならないのは、賑やかだけど幸せな音だからだ。

 だから、僕の心地よい世界とも摩擦を起こさずいてくれるのか。

 そう思うと、最初かき消された夜の音が帰ってくるように感じられた。それどころか、僕の星の夜と青い星の夜がセッションを奏でるような、そんな雰囲気すら感じられた。

 偶然であった、特別な夜の、素敵なセッション。

 僕は目を閉じてうっとりとこの夜を楽しむ。

 なるほど、たまにはこんな夜があってもいい。


 しばらく聴いていると、ラジオの音が遠くなるように聞こえてきた。

 所々ノイズが混じり、声が聞き取りづらくなっていく。

 そうか、星の軌道が遠ざかったからか。

 僕の星は極端な楕円軌道で、この太陽系の中でも特に高速に移動している。

 きっと、青い星とのランデブーはとても短いはずで、ラジオの音が聞こえるなんていうのは一瞬の奇跡のような時間だ。

 そう思うと、最初は嫌がっていたはずのこのラジオの音が、とても大切な音のような気がしてきて、別れが惜しくなってくる。

 もう少し、もう少し、せめてあの青い星で新年を迎えるまでは。

 そんな風に願った。

 しかし、そんな願いも遠く、ラジオの音はどんどんと遠くなり、またノイズが帰ってくる。残念ながら終わりのようだった。

 僕はため息をついて、倒れ込むように椅子にもたれる。

 ラジオからはノイズしか聞こえなくなった。

 ここからはいつもの夜の音。でもそこに少し欠けた何かがあるようで、さみしさがあふれる。

 そんなときにふと思い出したことがあった。

 僕は、ガバッと起きるとラジオを手に持ち、あっちこっちにかざしてみる。

 アンテナも限界まで伸ばした。

 こうすると、電波を拾うことがあるって聴いたことがあったからだ。

 誰もいないことに感謝する。

 だって、今の僕はひたすらラジオを抱えてうろつくおかしな人だから。

 

 青い星に向けて、ここに僕がいるって気づいてもらうようにラジオを掲げる。

 そんなとき、

「……ガガ、ザザッ、……それでは、そろそろ、カウントダウンです。ザザザ」

 音が聞こえてきた!

 僕はうれしくなって、その場所でラジオを固定する。

 高く掲げたラジオは祈りの姿勢のようだ。ひたすら腕は疲れるけど。

 もう少し頑張れ!

「ガガザザ、……いきます! 3、2、1、おめでとうございます!ザザザザザ」

 そんな女性の声と同時に、わっとあがる大きな歓声。

 老若男女、だれかれかまわず大声を上げ新年を楽しんでいる。

 僕も、そんな新年の祝いの中にいるような気になっていた。

 心の中で、僕も歓声を上げる。

 楽しさを、喜びを共有すること。

 今までの静かな夜の音には無かった。楽しい夜の音。

 ああ、こんな夜もあるんだな。僕は少し笑顔になる。いつ以来の笑顔だろう。


 ラジオの声は今度こそかすれ、小さくなりそしてノイズのみとなった。

 でも、僕は満足だった。

 ほんの少しの偶然で、僕は遠く離れた青い星の人と、新しい年への想いを共有できたのだから。

 楽しいひとときだった。

 僕はラジオをまた地面に置くと、椅子に座る。

 いつもの夜の音がまた帰ってくる。

 夜の音は、いつものように優しく、あたたかく、変わらず僕の耳に届く。

 ラジオの声が、青い星の新年が、僕の夜への気持ちを変えなかったことがうれしかった。

 あんなに楽しそうな人の声を聴いたというのに。

 そうか、僕は賑やかさを嫌っていたわけでも、人と関わりたくないわけでも無くて、本当にこの夜の音が好きでここにいるんだ。

 だから別の音を楽しんでも、ここにいつでも僕は帰ってこられる。

 うん、もう安心だ。

 きっとこれからも変わらない夜をここで過ごせるから。

 ああ、でも、さっきのラジオは楽しかったな。

 あんなことがたまにはあってもいい。

 次に軌道が重なるときはいつだろうか。できれば、また今日のように新しい年を迎える時であるといいな。そんなことを思う。


 僕はふふっと声を出して笑った。

 そしてラジオに向かって、こんな声をかける。

「どこかの見知らぬ青い星のみんな、新しい年おめでとう。それじゃまた来年」


 椅子に深くもたれ、目を閉じる。

 ラジオの音は消した。

 不思議と今だけは、純粋に星の夜を楽しみたかったから。

 遠い星に想いをはせながら、この星の夜の音を聴いていたいから。

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夜の音を聴いていたいから 季都英司 @kitoeiji

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