第4話

夢を見ていた。

 昏い、暗い夢だ。耳が痛くなるほどの静寂の中、独りでいる。両足でしっかり立っているはずなのに足元が覚束ない。そもそも、床すらも見えない。歩いても歩いても、ただの闇。誰かの名前を呼ぼうとして、誰の名前も思いつかないことに気が付いた。

 恐怖を感じた。

このまま、ここに、ずっと独り。


 誰か。

 誰か。

 誰か。

 ……誰が?

 声がした。


―――かわいそうに。

―――あなたはまるで……ね。


 目を開けたら、知らない天井が広がっていた。

 ここはどこだろう。自分の寝所ではないことは確かだが、神殿でもないとは限らない。なにせミーコが出歩ける範囲は決められていて、神殿にも知らない場所はたくさんあるのだ。

 ゆっくりと起き上がって視線を巡らせる。部屋は六畳。床の間と押し入れらしき襖がある。障子張りの引き戸から光が漏れていて、まだ夜ではないことが判った。

 ここが神殿のどこかであるならば、自分は脱出に失敗したということだろう。しかし室内に見張りはいないし、縛られてもいない。ならば、まだ機会はあるかもしれない。

 ミーコは立ち上がった。足音を殺して障子戸に近づき、そっと戸に手をかける。と同時に足音が聞こえてきて、びくりと肩を震わせた。


「ミーコ、入るぞ」

 引き戸を開けたら、布団が空だった。

 しかしシロは冷静だった。先ほどまで寝息を立てていた少女は確かに布団にはいなかったが、探すまでもなかったからだ。ため息をついて、押し入れの襖に近づいていく。慌てていたのだろう、襖はわずかに開いていて、白い着物の裾が見えた。あの少女が隠れるなら下の段だろう。シロはしゃがみこんで、面倒くさそうに口を開いた。

「一応聞くが、なにやってんだ?」

 返答が無い。シロは気が長い方ではないので、迷いもせずに襖を開けた。

「おい、隠れるのが流行りなのか、最近の巫女は」

 ミーコは、頭を抱えるようにしてうずくまっていた。シロの声に反応し、そっと手を頭からどける。

「……あ。シロ、か?」

「ほかに誰に見える」

 恐る恐るといった体で見上げてくる少女にそう答えると、少女は明らかにほっとした様子で息をついた。

「そうか、そうであったな。いや、すまぬ。連れ戻されたのかと思ったのじゃ」

「そんなに自分ちが嫌か?」

「嫌…ということではないのだが…ええと…」

 口ごもるミーコに、シロは息をついた。

「まあいいや。俺には関係ねぇ。ほら、出て来い」

 言って、手を差し伸べる。ミーコはそれを、きょとんと見ていた。

「? なんだよ」

 シロが怪訝な顔になっても、ミーコは数拍の間ただ手を見つめ、やがて「あ」と声を出した。

「こう、か?」

 それから、戸惑うように、やっとシロの手に自分の手を乗せてきた。

「こうじゃな? 合っておるか?」

「合ってるけど…」

「おお、すまぬ。今まで、わらわに手を差し出してくれる者などいなかったのでな。そうか、これで合っておるか。ふふふ」

 うれしそうに笑うミーコの手は小さい。シロの手の半分ほどだ。その手を、シロは握るのを躊躇った。

「シロ?」

「あ、いや…」

 シロの躊躇いなど知らず、ミーコはきゅっと手を握ってくる。

「シロの手は大きいな。わらわの手など赤子のようじゃ」

「…ま、お前は確かに大人よりは赤ん坊に近いかもな」

「案ずるな。産まれた時は皆赤子じゃ」

「嫌味も通じねぇのか、お前は」

「うん?」

「いや、なんでも。行くぞ。クロが昼飯作って待ってんだよ」

「昼餉? わらわも良いのか?」

「良くなかったら呼びにこねぇだろ」

「そうか…」

 呆けたようにつぶやいたミーコは、やがてふふふと笑った。

「そうか」

 もう一度言って、にこりと笑ったミーコと手をつないで、シロは居間に向かった。

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2025年1月10日 21:00
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我が神に捧ぐ 露刃 @tsuyuha-r

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