夏花火に乾杯
南砂 碧海
第1話
日本国内で蔓延した感染症で中止されていた夏祭りは久しぶりに解禁された。八月一日の夜七時、夜空に最初の花火が打ち上げられた。地方の小さな祭りのエンディングだったが、それでも川沿いの会場は、沢山の人で埋め尽くされていた。ある人は浴衣で、ある人はTシャツで、ある人はネクタイのまま参加するなどスタイルは様々だった。
その中で祭りを見物していた気になるグループがあった。彼らは、ジョッキや祭りで使うクリアなコップではなく、大き目の透明なワイングラスを持ち寄っていた。その中に、透明なガラス球を入れてビールを注いでいる。ラムネのガラス球にしては大きい。タイミングを待っているようだ。
面倒なことをする人達だなと思いながらも、空に花火が打ち上がると、彼らの様子は気にならなくなった。花火が連続で打ち上げられると彼らの様相が変わった。暗い会場の中は、花火が打ち上がる度に手元が明るくなる。彼らのグループは、花火の輝きで若い女性一人と若い男性八人だと分かった。八つの注いだワイングラスを高く空に掲げ円陣を組んだ。円陣の中には、浴衣姿の若き女性が立ち、神主が持つような木の棒に紙垂れがついた大麻(おおぬさ)のような物を持ち立っている。打ち上げられた花火が、彼らのグラスの液体を七変化させた。それぞれのグラスの中のガラス球は明るく光り、仁…義…礼…智…忠…信…考…悌…の文字がそれぞれ浮かび上がった。若い女性と八人の男性は、グラスを高く掲げ「怨霊退散。」と声を上げて乾杯をした。
花火の音で打ち消され誰も気付かない。続けて打ち上げられた花火が、八人の若者の影を映し出すと、彼らの影は、一人の姫を囲む八匹の犬の影に変化した。中央の伏姫と八犬士の影が、何回もの夏花火の打ち上げで繰り返し映し出されていたが、誰も気づく事はなかった。彼らは、どんな怨霊を退散させたのだろうかと夏の花火が作る影を見つめていた。
夏花火に乾杯 南砂 碧海 @nansa_aoi
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