ゴースト・ライター

羽後野たけのこ

ゴースト・ライター

 南無共幽太なんども ゆうたは小説家だ。

 いずれ社会人となる中高生を慰めるために夢が溢れた小説を作りネット上に投稿している。

 作品を発表し読者とほんの数文字のコメントを交わすことが幽太のささやかな幸福だった。

 だがある日ネットに出現した超巨大AIにより幽太の日常は奪われてしまう。

 人類の記憶を喰らうAIは無限に小説を生成し世界を著者なき言論で埋め尽くした。

 中高生はAIの書く小説に心を奪われてしまい幽太の作品は血が通わない無数の活字に飲み込まれ闇へと葬られた。

 どうにもならないと絶望に苛まれる幽太。

 全てを失った幽太が選んだのは自分を川に沈ませる事だった。

 幽太は消えた。

 だが、魂は生きていた。

 霊魂となり帰還した幽太は日常を取り戻すため悪戦苦闘する。

 だが肉体が滅びた魂の身では何も触れず誰とも話せず幽太を人と認識し関わろうとする者はどこにもいなかった。

 幽太は独り雑踏の中に立っていた。

 幽太の体を素通りする大勢の人々。

 誰にも認識して貰えないこの世界で、幽太は孤独に打ちのめされ、絶叫した。

 その時。

 幽太にぶつかってきた少女がいた。

 気を失い倒れる少女。幽太はとっさに抱き止めた。

 少女は紺のセーラーに黒のロングヘアで『地場九霊じば くれい』と名前が書かれた学生証を胸から落とした。

 幽太は九霊に呼びかける。

 九霊。それは幽太が魂になって初めて触れられる人間だった。

 その時。

 轟音と振動を携えビルの陰から突如、巨躯が現れた。

 巨躯は九霊を狙い一直線に襲い来る。

 行き交う人は誰も逃げようとしない。

 巨躯の剛腕が幽太もろとも九霊を押し潰せんと迫る。

 死を覚悟した幽太は九霊を庇い強く抱き締めた。

 瞬間。九霊が目を覚ましスカートのポケットからライターを取り出し火を燈す。

 途端、九霊と幽太を炎が護り巨躯の腕が火炎の盾に弾かれた。

 九霊は幽太の前に立ち上がり再度ライターに点火し炎を纏うと巨躯めがけて突っ込んだ。

 幽太が思わず目を瞑ると巨躯は九霊の炎に焦がされ炭と果てていた。

 戦い終えた九霊は踝まであるスカートに降る火の粉を払うと震える幽太に手を差し伸べた。

 その手を掴む幽太。

 九霊は幽太に伝える。

 自分も幽太と同じ幽霊ゴーストであると。

 ゴーストは先の巨躯・ビーブルと戦う宿命にあるのだと。

 そして。

 自分達ゴーストは独りでいてはやがて消えてしまうため、生きた人間である保霊者オーサーと契約し精気をもらい続ける必要があるのだと。

 幽太は九霊に手を引かれ九霊のオーサーである三途黄泉さんず よみの館へと導かれて行った。



 黄泉の館は不気味なほど静かだった。

 黄泉は国に仕える三途グループの令嬢で、一族は強い霊能力を持ち多くのゴーストを従え操るのだと幽太は九霊に教わった。

 九霊は幽太を黄泉に巡り会わせる。

 白い和服に銀髪ツインテールの黄泉。幽太は会釈するが黄泉は気付かない。

 黄泉は生まれつき霊能力が弱くゴーストを操るどころか逆に取り憑かれ体を乗っ取られてしまうのだと九霊は言った。

 黄泉は三途一族から見放され寂しい暮らしをしているのだと。

 黄泉から精気を奪い生き長らえる見返りに自分は黄泉を守るのだと九霊は触れられない黄泉の手に自分の手をすり抜けさせて哀しげに言った。

 ゴーストとオーサーの契約。それは口づけ。

 九霊が見つめるなか幽太は黄泉に唇を重ね主従の契りを交わした。

 それからは九霊の厳しい修行が始まった。

 幽太がゴーストの能力に覚醒し巨躯の悪霊・ビーブルと戦えるまで九霊が鍛え上げるのだ。

 ゴーストには違った能力が宿りそれは死因に関係すると九霊は教えた。

 感電死なら電気、凍結死なら氷。

 幽太は入水したため水の能力だろうと九霊は言う。だから自分とは相性が最悪なのだと。

 幽太は九霊にしごかれて遂に水を操る力に目覚めた。

 そして幽太と九霊のビーブル退治の日々が始まった。

 巨躯の悪霊・ビーブルは人から精気を吸えず凶暴化したゴーストの成れ果て。

 街頭、学校、電車、家。あらゆる場所に出没しては霊能力の高い者を襲い精気を貪り喰う。

 幽太と九霊は反目する能力で互いを助けビーブルを次々と討滅していった。

 だがビーブルは幾ら倒そうと無限に湧くのだった。



 そんなある日。

 倒したビーブルが消える間際に三途賽河さんず さいがの名を遺す。

 賽河は黄泉の父親で三途グループの会長だった。

 不穏な気配を感じた幽太と九霊は霊魂の体を活かして三途グループの内偵を開始する。

 そこで判明した驚愕の事実。

 それは巨躯の悪霊・ビーブルは元は普通の人間であり、人為的な要因でゴースト化したというのだ。

 三途グループは超巨大AIの開発を担っており、AIを使い社会の構造を変え国民の選別を実行した。

 AIによる支配を拒み振り落とされ糧を失った国民が発狂しビーブル化したのだと冷たい事実は教えていた。

 AIに人生を奪われ命を絶った幽太は怒りが抑えられず九霊の静止を振り切り三途グループの賽河の元へと突入する。

 賽河に真相を問う幽太。

 一族随一の保霊者オーサーである賽河は幽太を知覚しこう答えた。

 我々は何も変えていない。ただ時代に従ったのだ。土器、鉄器、産業革命、IT化。時代は常に効率と量産を求め人を選別し続ける。順応すれば豊かに生き、拒絶すれば狂い死ぬ。ビーブルを無くす事はできない。奴等の矛が届かぬよう我々は高く住みゴーストこいつらで身を固めるだけだ、と。

 賽河がオーサーの能力で無数のゴーストを幽太めがけて次々と襲わせる。

 幽太は水の能力を更に覚醒させ賽河の放つゴーストをかき消していく。

 だが、幽太の目からは、なぜだか涙が零れてくる。

 自分も。敵のゴーストも。倒してきたビーブル達も。──九霊も。

 みんな人に、時代に、社会に見捨てられて生命を落とさざるを得なかった。

 そんな境遇のやつらが死後も誰かに操られ、従わされ、戦わされている。傷付き、痛み、倒れるまで。

 なぜだ、なぜだ……。

 幽太は涙が溢れもう戦うことができなかった。

 隙ありと賽河が全ゴーストを幽太に差し向ける。

 激しい攻撃に幽太の魂が削がれ今まさに消えんとした。その刹那。

 ライターを点火する音がした。

 幽太の体が炎に包まれ迂闊に触れた敵のゴーストが灰へと変わる。

 そう。九霊が来たのだ。

 九霊は幽太の名を叫びスカートを翻して炎の道を駆けた。

 今にも消えそうな幽太を見つけ抱き起こすと九霊はその唇に接吻した。

 みるみる精気が漲る幽太。

 ゴースト同士でキスすりゃ精気を渡す事ができるんだぜ、と九霊は幽太に伝え頬を紅蓮に染めた。

 賽河と対峙する九霊。

 右手のライターを点火し、点火し、賽河のけしかける無限のゴーストを消し炭に変えていく。

 九霊のライターは九霊の魂を燃料に火炎を起こす装置だった。

 九霊は幽太に、黄泉を頼む、と伝えると魂全てを炎に変えて賽河のゴーストを燃やし尽くした。

 戦いが終わる。

 そこには、一筋の煙だけが残った。

 幽太が九霊を探す。

 幽太が何度も、何度も名前を叫んでも、九霊の姿はどこにもない。

 九霊は、死んだのだ。

 幽太は慟哭した。

 所有するゴーストを全て九霊に燃やされた賽河は幽太に迫りオーサーの力で幽太を従わせんとする。

 幽太は抵抗するが賽河の強い霊能力には敵わない。

 その時。幽太と賽河の前に黄泉が現れた。

 ツインテールを振り乱し父である賽河に詰め寄る。

 黄泉の霊能力は弱い。幽太のことは見えないはず。

 だが黄泉は賽河に捕まる幽太をしっかりと見据え離して下さいと賽河に毅然と言った。

 睨み合う父と娘。

 賽河は幽太を解放すると黄泉は三途家からの独立を宣言し父に背を向けた。

 実は、幽太が賽河と戦っている間、九霊が黄泉に取り憑き体を操って事の真相を紙に書き記したのだった。

 自分の足で人生を歩み始めた黄泉。

 幽太は黄泉の後を追いかけた。



 黄泉は賽河に与えられた館を出て一人暮らしを始めた。

 学校に通い、バイトをして、空いた時間はペンを持った。

 自分に起きた不思議な出来事をなんだか認めたくなったのだ。

 執筆の経験などないはずだがサラサラと筆が進む。

 こんな事を始めたのも、きっと寂しいからなんだろう。

 一人は不安で、苦しくなる時もある。

 でも、なぜだろう。誰か暖かい人がいつも見守ってくれている気がする。

 そんな事を考えると、黄泉はいつも必ず涙を落としてしまうのだ。

 この作品が書き上がったらきっと誰かに見てもらおう。

 タイトルはもう決まっている。

 それは──。

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ゴースト・ライター 羽後野たけのこ @eternal_dream

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