天国馴致

名無しのジンベエ

天国馴致

意識だけがある。

他にはなにもなかった。

金縛りとも違う浮いているような感覚が異質なわりに良く馴染む。


しばらくすると知らない声が聴こえた。

「あなたは死にました。現在あなたは天国にいます。」


驚きは無かった。

だって記憶もないもん。

死ぬということがかつて悲しいことだった、ような気だけが意識の何処かを彷徨っている。

「何も心配はいりません。天国では責任とストレスが必要以上に掛からず、生前とほぼ変わらない生活が待っています。そして大抵の生活より快適とされています。しかし、五感を最初から解放すると適応までに激しい動揺が伴います。なのでこれから感覚を聴覚→触覚→味覚→嗅覚→視覚の順に解放します。実際に既に聴覚は解放されているはずです。」

心地よいオルゴールが奏でるヒーリングミュージックが心を一層穏やかにさせた。

自分がどうなってるのかは知らないが、素敵な想像をせずにはいられない。

これから始まる新生活に思いを馳せようにも具体的な事は一切浮かばないが。

「触覚を解放します」

ふわふわしたものが身体中を包んで常に動いている。

生物の熱程ではない暖かで確かな感覚がする。

思えばかつて動物を飼っていた気がする。

その動物が死んだ後、強い悲しみと共に天国の存在を強く願ったものだ。

「味覚を解放します」

薬のようなケミカルな酸味と甘味を感じる。

だが、同時に自然で違和感が無い味でもあった。

雲の味(厳密に言えば自分がかつて子供だった時に想像した雲の味だが)がするような気がした。


死がここまで安らかだとは思わなかった。

安らかに眠るという表現は今まで現実味を帯びぬ、慰めのようなものだと考えていた。

大抵の場合死にゆく体に苦しめられて苦しみきった上でゆっくり脳が死んでいくのだろうから、死ぬ事とは0か100かではなく段階を踏んでゆくものなのだと捉えていたと思う。

小さな頃からそう考えてたから一層生き物の死に敏感になっていたと思う。

死は一度起きたら永遠に続く物であり、死後とは死中といっても良い。

死後がここまで安らかと言うならば、飼っていた生き物や祖先への再会を理由にして本格的に前向きに考えても良いだろう。

味覚が解放されてから長い時間が経ったような気がするのは思考の密度が増えたからなのだろうか。

なんにせよ次の感覚の解放が楽しみだ。

「嗅覚を解放します」









臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い。

怖い。自分が触れているこれはなんだ?何?何何何何何何何何何何何何?????????

臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭

い。。、。、。

なぜ不審に思わなかったか、この謎の毛皮のようなものに気持ちが悪い、こんな臭いがするものを想像していない。何が目の前にある。ダメだ混濁した思考にひとつの実体が浮かぶ、不定形で嫌悪感の凝固した姿。想像上でしか産み出せない恐ろしいシルエットのそれ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ本当に気持ち悪い。

いままで想像していた空間のイメージが甲高い音を立てて壊れていく。

臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い

すべてが繋がった。このオルゴールも毛皮のようなものも味もすべてはこの嫌悪に繋がる布石だった。やられた。助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて足掻いても足掻いても足掻いても足掻いても足掻く手足も無いままなにが自分の体かわからないまま踠いた。



「視覚を」

やめろ

見たくない



「解放」

やめろほんとに


それは本当の解放を意味しない



「します」

目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が目が



もう



目が












見たくない。

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