第4話
――三日後。
約束通りに庭園を訪れたソレイユは、思わぬ状況にたまらず後退りしてしまった。
全学年の生徒が集まっているのではないかという数の乙女達が、薔薇の庭園を取り囲んでいる。
広場の中央にはオーロラが堂々とした佇まいで、ソレイユをまっすぐに見つめていた。
「お待ちしておりましたわ、ソレイユ様」
「……この生徒たち、オーロラ様がお集めになりましたの?」
「ええ、勿論ですわ。今日は私が名実ともにこの学院最強となる晴れの日! その瞬間の目撃者は、多いに越した事はありませんわ!」
天高く響き渡るオーロラの高笑いを聞き流しながら、ソレイユは庭園の端、自分の立ち位置に着く。
ソレイユのその落ち着いた態度に、オーロラの唇の端がにやりと吊り上がっていた。
踵を返したオーロラもまた自分の位置に移動する。
(あの立ち振る舞い。やはりソレイユ様は私が見込んだ通りの御方。あぁ……楽しみですわ!)
スカートの裾を翻し、オーロラはソレイユと対峙する。
向き合った二人の間に最早、言葉は不要。
ざわついていた乙女たちもまた口を噤み、静寂が場を支配する。
「参ります、オーロラ様」
「よろしくてよ、ソレイユ様」
その言葉を合図に二人の体から光が爆ぜる。
オーロラの騎士ランスロットと、ソレイユの騎士ドンキホーテがその姿を露わにした。
初めて目にするドンキホーテの姿に、オーロラは大きく目見開いた。
「黄金の騎士! ソレイユ様、貴女、そんなにも美しい騎士をお持ちでしたのね!」
「美しいだけではなくてよ。――征け! ドンキホーテ!」
「受けて差し上げますわッ! ランスロット!」
槍を構えたドンキホーテがランスロットへ向かい、一直線に走り出す。
対するランスロットはオーロラの命令通り、剣を構えて槍を受け止める姿勢をとった。
鋭い槍の切っ先を、剣身で受け止める。
ガンッ! と重たい衝突音が響き、その場の全員の鼓膜を揺らした。
「跳ね返しなさいッ!」
オーロラの声に合わせてランスロットが剣を握る手に力を込めた。
剣を圧し折らんとばかりに押し付けられている槍が、それを上回る力によって大きく跳ね上げられる。
すかさずランスロットは剣を返し、ガードの緩んだドンキホーテを真っ二つに斬るべく剣を真横に振り抜いた。
ドンキホーテは即座に縦に槍を構えると、剣が脇腹を掠める寸前にその一撃を受け止めた。
再び激しい衝突音が鳴り響き、ギチギチと金属が擦れ合う音を奏でながら鍔ぜり合う。
二体の騎士は互いの力が拮抗し合うと分かると、どちらからともなく飛び退いて距離を取った。
僅かな間に繰り広げられた攻防で、ソレイユとオーロラは互いの力量が拮抗しうる事を察する。
同時に決着がつくことがあるとすれば、ただの一撃で決まるだろうと共通の考えが浮かんでいた。
(ランスロットの力、想像以上だ。……攻められる前に攻め落としたかったけど、そう簡単には通してくれないか)
実際に相対することで知るランスロットの力量に、ソレイユは息をのむ。
考えて来た一度限りの博打にも似た作戦が、果たして通るのだろうか。
ソレイユは緊張感と共に、密やかな興奮を覚えていた。
静寂を切り裂いたのはランスロットだった。
風のように軽い動作でドンキホーテとの距離を詰める。漆黒のマントが残像を残してたなびいた。
「槍相手に距離を離しているのは愚の骨頂! その懐にさえ入ってしまえば、恐れるものなどありませんわ!」
「……ッ!」
姿勢を低くしたランスロットは疾風の如く速さで、ドンキホーテの間合いの内側に潜り込む。
その速さにソレイユは驚き、そして、此処だと覚悟を決めた。
流れるような動きで迫るランスロットは、腰のあたりに水平に構えた剣でドンキホーテを突き刺そうと突進する。
「逃げても無駄ですわよ! 串刺しにおなりなさい!」
「――逃げるなんて、とんでもないですわ」
ランスロットの剣がドンキホーテの鎧に掠った、その刹那。
あろうことか、ドンキホーテはその手で剣を握って捕まえたのだった!
「なんてこと! 剣を素手で……ッ!?」
ランスロットはなおも剣を突き刺すべく全力で押し込もうとするが、ドンキホーテの強烈な握力の前にびくともしなくなる。
「ランスロットが相手の懐に飛び込み、突き刺すことを得意とするのは分かっていましたわ! ならば止めてしまえば良い! ドンキホーテッ!」
手から血の代わりの光の粒子が弾け飛ぶのもいとわずに、ドンキホーテは剣を掴む手に力を籠める。
力の拮抗はついに崩れ、ランスロットは剣ごとドンキホーテに持ち上げられてしまった。
ランスロットは宙に浮いた足をばたつかせ抵抗を試みるが、ドンキホーテの剛力の前にはどうすることも出来ない。
剣を手放してしまえば助かるのだが、騎士である以上、その選択肢は最初から存在しない。
直後、風を切る音を大きく響かせて、ドンキホーテがランスロットと剣を天高く投げ飛ばした。
「貫きなさいッ!!」
大気を揺らす程のソレイユの叫びに呼応するように、ドンキホーテは身を低く沈めて地を蹴った。
槍の切っ先をランスロットに向けて、ドンキホーテは弾丸の如く一直線に天を駆ける!
「ふっ、防ぎなさい! ランスロット!」
「我が槍を防ぐことなど不可能! ドンキホーテは愚直に貫くのみッ!!」
怒涛の勢いで突撃をするドンキホーテの槍を、ランスロットは先ほどと同じく剣身で受け止める。
しかし空中での無理な姿勢、そして何よりも勢いが衰えないドンキホーテの突撃の前に、剣は呆気なく弾き飛ばされた。
「あぁッ!」
オーロラの悲鳴にも似た叫び声が上がる。
ドンキホーテの銀の槍が、ランスロットを貫いたのだ。
断末魔の悲鳴のように甲高い音を上げながら、貫かれた箇所からヒビが広がり、ランスロットの鎧が砕けていく。
一瞬、目が眩むほどの眩い光を放ち、ついにランスロットは粉々に砕かれたのだった。
降り注ぐ光の粒子を浴びながら、オーロラは呆然とその光景を見つめていた。
常に相手の頭上に降り注がれていたそれの、何と儚く美しいことかと、オーロラは初めての敗北で知った。
「勝った……」
ソレイユも同じく空を見上げ、マントをたなびかせる自身の騎士を見つめていた。
激しく脈打つ鼓動が治まらない。
(楽しい、ああ、楽しい……楽しい……っ)
すっかり忘れていた、誰かと競い合う悦びが完全に目を覚ます。
勝利の喜び。敗北の苦痛。
今すぐにでも止めたいのに、勝つと嬉しくて楽しくて、止めることなど出来やしない。
心身ともに削られ続ける勝負の世界。
それらは前世において自身の死に繋がるものだった。
(だから忘れたかったのに。全て……思い出してしまったッ!)
ソレイユの口元に笑みが浮かび上がる。
喜悦の声が零れそうになるのを寸でのところで耐えられたのは、負けても尚、麗しさを失わないオーロラの姿を目にしたからだろう。
「……お見事でしたわ、ソレイユ様。まさかここまでお強いなんて」
「オーロラ様……」
「次は貴女を倒しますわ。また私との
差し出されたオーロラの右手を、ソレイユは迷うことなく掴んだ。
「勿論、喜んで――!」
二人の手が重なると同時に、生徒たちが一斉に歓声を上げた。
生徒たちの中から飛び出したシエルが、オーロラに飛びつくように抱き着いた。
喜びが溢れ、今にも泣きだしそうな顔をしたシエルにソレイユは優しく微笑みかけた。
「お姉さま! お見事な勝利でしたっ」
「シエル、貴女が手伝ってくれたお陰よ。この勝利は貴女が掴んだも同然です」
「いいえ! お姉さまがお強いからですわ! これだけお強かったら
「
聞きなれない言葉に首を傾げ、ソレイユはシエルに聞き返す。
しかしその問いに答えたのはオーロラだった。
「言葉の通りですわ。最強の騎士だけが名乗ることが許される称号、それが
「最強の、騎士」
「私は貴女に負けましたわ。けれども、
負けても尚、挑発的な態度を崩さぬオーロラに、ソレイユはどうしようもなく胸が高鳴る。
元々この戦いはシエルの屈辱を晴らすためのものだった。
けれども戦いの高揚を思い出したソレイユにとって、最早戦いは自ら求めるものに成り代わってしまっていた。
故に答えは一つのみ。
「勿論、目指しますわ。
再び戦いの世界に身を投じることを覚悟して、ソレイユはドンキホーテを見上げた。
奏者の覚悟に、黄金の騎士が力強く頷く。
掲げられた銀の槍の輝きに、ソレイユは胸を躍らせるのだった。
終
異世界転生騎士決闘者ソレイユ ~二十七歳ゲーマー、転生先でも対戦よろしくお願いします~ 足軽もののふ @asigaru_mononofu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます