帰っておいでよ尾久多見さん 後

「首相、お忙しいところをありがとうございます」

「それで用向きはなんだね?」


 首相官邸執務室にて、利賀多外務大臣は激務の続く中首相桜田に面会のアポを取り付けた。

 それだけ急を要する案件であろうと桜田はしっかりと聞く体勢を整えて待っていた。


「まずお断りしておきたいのですが、今からお話するのは非常識かつ荒唐無稽ではありますが決して悪ふざけの類いではなく……」

「前置きは結構。君が私に伝えるべき案件だと判断したなら私がすることはまず話を聞くことだ」

「わかりました。単刀直入に申し上げますと宇宙人より帰国困難者支援申請が届きました」

「……すまない、もう一度頼む」

「宇宙人より、帰国困難者支援申請が、届いております」


 区切りながらそう言って利賀多は3枚の申請書を差し出した。

 尾久多見真、尾久多見柳治、尾久多見水希、3名分の帰国困難者支援申請である。


「日本人ではないのかね? IDの登録もある」

「戸籍データベースをハッキングして登録したそうです」

「したそう?」

「昨晩、私の個人携帯にこの尾久多見真氏から連絡が……無論、番号は伝えておりません」

「……」


 桜田は閉口して申請書に目を通していく。


「現住所が大阪か……」

「そのようで」

「帰国先が……タコ座銀河第8番惑星か」

「そのようで」

「このなんだね? 顔写真は?」

「昨晩、私の個人携帯に送付されてきました」

「ふむ、あーえー、なんと言ったかね? ヒト型の……」

「グレイ型?」

「それだ。そのグレイ型じゃない方の宇宙人だな」


 資料として添付されていた写真にはハッキリといわゆるタコ型宇宙人が写っていた。


「それが彼らの本来の姿だそうです」

「ではこの日本人は……」

「彼らには高度な擬態能力があるようです」

「……」


 再び閉口した桜田はもう一枚の添付されていた写真を手に取った。


「これは……遊具かね? その……」

「タコさんウィンナー」

「それだ」

「これは彼らの宇宙船だそうです」

「子供が足の部分に股がっているが」

「近所の公園に停めてあるそうです」

「……」


 桜田は老眼鏡を外し眉間を揉むと利賀多に少し険しい顔を向け口を開いた。


「利賀多君、冗談もここまで行くと……」


 流石の流石にこれは悪ふざけだと思ったのか咎めようとした台詞は卓上に据え付けてあった電話の着信音に止められた。執務室の電話は海外の首脳との電話会談などに用いられるものであり、当然だが一般に電話番号は公開されていない。予定もなく突然鳴り出した電話にまたしても閉口した桜田は恐る恐るといった様で電話を取った。


「もしもし」

「我々ハ宇宙人ダ」

「……尾久多見氏かね」

「いかにも……丁度利賀多さんから話は聞いて貰えたようだね」


 現在の状況を言い当てられて思わず桜田は執務室に首を巡らせる。当たり前だがカメラのようなモノは見当たらなかった。


「我々の力を理解して貰えたようだね。無論、利賀多さんの悪ふざけでもない」

「……君たちの要求はなんだね?」


 緊張した面持ちで桜田が電話越しの尾久多見に問えば、あっけらかんとした口調で尾久多見は答えた。


「いや、申請を受理してもらいたいだけなのだが……市役所に届け出しても全く受理してもらえなくて困っているんだ」


 当たり前だろう、という感想をすんでのところで飲み込み桜田は言葉を選ぶ。


「その、イマイチ意味がわからないのだが……帰国の支援を申請するということはつまり帰れないということだろうか」

「うむ……宇宙船の故障により14年ほどこの星のこの国に滞在していたのだが、あなた方の施行した法律によりこのまま滞在するのは宜しくなさそうだと思った次第でね。しかし宇宙船の故障により帰りたくても帰れないのだ。聞けばこの帰国困難者支援を受ければ資金面や移動手段を都合してもらえるそうじゃないかと申請してみたのだがいかがだろうか?」


 宇宙人のことは考慮に入れていない、そう言いそうになるのを堪えた桜田はなんとか言葉を絞り出した。


「……こちらで対応を検討してみよう」

「おぉ、それは助かる。よい返事を待っていることにしよう」


 受話器をゆっくりと戻し桜田は深く深く息を吐いた。


「利賀多君、これは大仕事になる」

「そのようで」


 ▽


 2042年、世界に激震が走った。

 鎖国政策を推し進めていた日本国より突如、タコ座銀河第8惑星オクタとの星間交流が発表された。

 既に日本国にはオクタ星人の大使館が設置され技術交流が盛んに行われいるとの報せは大国にとってはまさに青天の霹靂であった。


 オクタ星人より提供された海水からほぼ無尽蔵に電気を得る技術、海水からデンプンを精製する技術を独占した日本国は鎖国政策により生じたエネルギー及び食料確保の不安を一挙に払拭した。

 技術の独占に怒りを覚えた某国が武力を背景にした交渉という名の脅しをかけようとしたが、これもまたミサイルを跳ね返すシールドを展開して見せた日本国にはどこ吹く風であった。


 ▽


「いやはや! 一時はどうなるかと思いましたがただの外宇宙調査隊だった我々がいまやオクタ星大使だ! 大出世ですよ!」

「擬態能力、磨いていて良かったですねぇ……いまやオクタ星では日本人への擬態技能は必須科目です」

「うむ。桜田さんの厚意に感謝だ」

「久しぶりの日本国ですし、アレを食べないといけませんね! 隊長!」

「おー! アレですね! 外はカリカリ、中はトロトロ……」

「うむ。今日はタコ焼きパーティーだ」


 響き渡った明るい宣言に大使館の外の守衛は「えっ」と思わず顔を見合わせた。


















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帰っておいでよ尾久多見さん 花沫雪月🌸❄🌒 @Yutuki4324

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