帰っておいでよ尾久多見さん

花沫雪月🌸❄🌒

帰っておいでよ尾久多見さん 前

 2028年、憂国の士桜田狼喜を党首に同士数名により結党された超右翼政党“護国尊皇党”は、多様性の強要や移民政策に傾倒する与党“自由豊国党”に嫌気が差した国民により強く支持され欧米で巻き起こりつつあった反グローバリズムを追い越すようにクーデターさながらの勢いで衆院、参院の議席を席巻し日本国は護国党のほぼ独裁状態となった。

 次々と打ち出される反移民政策や外国人への厳しい規制に在留外国人からの反発が予想されたがそれに先じた自衛隊活用法の改正と大幅な解釈変更により復活した憲兵隊によりデモや小規模な反乱は即座に鎮圧された。

 そもそも日本国民の国民性は忍耐強く余程のことが無ければ暴力に訴えることはしないがいざとなれば極めて攻撃的かつ排他的だ。

 つまりは堪忍袋の尾が切れた、それだけのことだった。


 2035年、桜田首相はついに民族的鎖国政策を打ち出した。すなわち日本国から一度外国人を全て追い出し厳選した国、外国人とのみ交流を行おうとそういう腹積もりの政策だった。

 新生児には日本国民であることを示すIDチップが埋め込まれ、全国民にも2037年までのチップ埋め込みが義務化された。すでにIDカードの携帯は義務化されていたがより厳正になる。

 憲兵隊には特殊な読み取り装置が支給され、遠隔での国民判定が行えるようになっていた。


 そんな世相の日本国大阪府、さる町の安アパート、表札には“尾久多見”と記されている。その一室にて2人の男と1人の女が膝を付き合わせていた。

 誰もがいまいち特徴の掴みずらい、どこにでもいるようななんとも個性の無い顔に中肉中背の容姿をしていた。


「不味いことになりましたね」

「えぇ、数年前のIDカードはなんとかなりましたが……チップの埋め込みの際には遺伝子レベルのチェックがあるようですし」

「潮時でしょうか……どう思いますか、隊長?」

「うむ……」


 隊長と呼ばれた一番年配、ざっと50代見える男は腕を組みながら難しい顔で唸っている。

 あとの20代に見える男女は心底残念そうに嘆いてみせた。


「あーあ、この国の食事も文化も最高だったのになぁ」

「えぇ、本当! いくつか他の国にも足を運んだけれどダントツでこの国が居心地が良かったわ」

「とはいえ遺伝子検査されたらさすがにバレちゃいそうだし帰るしかなさそうですよね。でしょ、隊長?」

「うむ……」


 そこで先ほどから難しい顔で、うむ、としか言わない年配の男に若い2人は心配そうに声をかけた。


「隊長、具合でも悪いんですか?」

「さっきから唸ってばかりですよ?」

「いや……うむ……」


 さらに唸っていた隊長だったが、ようやく意を決したように口を開いた。


「君たちには黙っていたんだが……」

「はい」

「えぇ」

「実はこの星には調査ではなく不時着したのだ。だが文明レベルが違う為、部品が集められず宇宙船は直せなかった。つまり母星には帰れない」


 若い2人はしばしパクパクと口を開閉し、何を言おうか何を言うべきか考えていたようだが

 結局全く同時に「「えぇえええええ!?」」と抗議と驚嘆の入り交じったような悲鳴を上げた。


「ぼ、母星に救助を要請しては」

「通信機器もダメになっているから不可能だ」

「でも! ですが! 定期報告の通信をされているのを見ましたよ!?」

「うむ、フリだ」

「無駄に演技派ぁ!?」

「僕らの作成した地球調査レポートは……」

「大事に取ってあるぞ」

「無駄働きぃ!?」


 ひとしきり突っ込みを終えた若い2人は今度は顔色を青く、誇張でもなんでもなく実際にセルリアンブルーに染めるとワタワタニョロニョロとし始めた。


「どうしましょうどうしましょう!」

「まずいですよまずいですよ!」

「このままでは憲兵に捕まって両手をバンザイさせられてしまいます!」

「地球外生命体だとバレたら解剖されて標本ですよ!」

「「どうするんですか! 隊長!?」」

「うむ、それについては手を打ってある」

「「本当ですか!?」」


 若い2人に詰め寄られた隊長は落ち着き払って答えた。


「役所に帰国困難者支援申請をしておいた」

「「それで星に帰れるなら苦労せんわぁ!?」」


 若い2人の冴え渡る突っ込みは、念のため張ってあった防音シールドにより薄い壁を挟んだ隣室には響かないで済んでいた。










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