第5話
「……あ、ヨゾラじゃん」
「ツキノ、さん……?」
「お疲れさま、何やってんの?」
「まぁ……」
ツキノは何も聞くことなく、隣でカチカチとライターを鳴らす音。
鼻を掠める煙草の匂い。
「はぁ……疲れた」
「…………ん」
「違うと思うけどさ、また飛び降りるつもり?」
「……だったら、どうすんの?」
「勿論、昨日と同じことをする」
「…………変な人」
「そう? 普通でしょう?」
自分の身を顧みずに、それが出来る人がどのくらいいるのだろうか。
自分だってそうだ。とてもツキノのようには出来ないだろう。
「この時間まで何してたの?」
「…………アルバイト」
「アルバイトこの辺なの?」
「あっちの繁華街の方」
「へぇ……」
スーッと息を吸う音。
夜に浮いていく煙が、何故か妙にリアルだった。
「……ツキノさんに、会いたくなってここに来たって言ったらどうする?」
「あ……? 口説くのは十年早いって言うわ」
「ははっ……!」
「まぁ、何か辛いことがあったんでしょう?」
「ああ、家族が死んだ」
「……それは、辛いわね」
「たった一人の俺の家族だった」
「…………そう」
ジュッと音を立てて煙草の火が消える。
姉が死んだ時みたいに、突然何もかもがなくなってしまう。
光がなくなり、互いに何も言葉を発せないまま川を眺めていた。
ツキノは慰めも同情の言葉も言わない。
上辺だけの言葉がないから信頼できるのかも知れない。
こんなに短い間に人が好きになったのは初めてだった。
けれどツキノは絶対にその想いを受け入れてくれることはないだろう。
だからこそ何も言えないのだ。
「……ありがとう」
「え……?」
「昨日の話」
「あぁ……」
「ツキノさんと話していると落ち着く」
「そりゃあよかった」
煙草を鞄に仕舞い込んだのを見て、下に置いていた鞄を持ち上げた。
「…………それだけ」
「……」
「じゃあね」
背を向けて歩き出した。
虚無な心が、ほんの少しだけ満たされたような気がした。
これ以上、踏み込んだら迷惑を掛けてしまう。
そういう人だとわかっていたから自分から距離を置こうと思った。
自分も皆と同じだ。踏み込めない線の中で生きているのだから。
たとえ、何があっても何もなくてもい時間は一定のリズムを刻んで流れていく。
「ヨゾラ……!」
「……?」
「生きてれば、きっといいことあるよ」
「…………ないよ」
「あるかもよ……?」
そう言って笑った彼女は誰よりも美しかった。
end
【カクヨム10 短編用作品】僕らはいつも繰り返す やきいもほくほく @yakiimo_hokuhoku
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