episode.03 ラファエルとクリスティーナ

我が屋敷には三人のお子様たちがいる。長男ギルバート様、次男アレックス様、そして長女クリスティーナ様。ギルバート様は知的で頼もしく、アレックス様は少しやんちゃだが心優しい。しかし、皆が目を見張るのはクリスティーナ様。


彼女は歳に似合わず、気高さと美しさを兼ね備えている。そんな彼女が来月デビュタントを控え、舞踏会の主役として輝くために特訓中だった。


「ラファエル、あなたが私のダンスのパートナーよ!」


クリスティーナの一声に、ラファエルは内心少し驚いた。彼女は5人の執事たちの中で彼を一番のお気に入りにしているとは知っていたが、ダンスの相手に指名されるとは思っていなかった。


「もちろんです、お嬢様。全力でサポートいたします。」


と微笑みながら言ったが、心の中では「はぁ?面倒くさ…なんで俺がそんな事しないといけないわけ?」と軽く毒づいていた。


練習が始まると、クリスティーナはすぐに苛立ちを露わにした。足がもつれて何度もつまずき、そのたびにラファエルにきつく当たる。


「何よ!全然うまくいかないじゃない!」


「お嬢様、もう少し肩の力を抜いて…」


「うるさいわね!」


クリスティーナはラファエルを睨みつけ、ついには苛立ちが頂点に達し、部屋を飛び出してしまった。


ラファエルはその場でため息をつき、少しイラついた表情を浮かべた。


「あのクソ女マジで生意気過ぎ。今度絶ッ対泣かす。…あー、もうこのまま放置しようかな。」と呟く。


ああ、推しがイラついてる…!!ステアは陰から見ていて内心ハラハラしていた。


その時、部屋の奥から静かにベル様が近づいてきた。「ラフも大変だねぇ。」と、落ち着いたトーンで話しかけてくる。


「ベル兄…」


ラファエル様は彼を見上げた。ベル様はアイドル活動でも完璧なパフォーマンスを誇る存在であり、公私ともにラファエル様が憧れている相手だ。


「クリスティーナ様はまだ若いからね~。苛立つこともあるよぉ。でも、ラフがちゃんと向き合えば彼女も変わると思うなぁ。女の子の扱い方も含めて教えてあげるね。」


ラファエル様は一瞬戸惑った表情を見せたが、ベル様の真剣な眼差しに圧倒され、素直にうなずいた。


ベル様の指導は厳しくも的確だった。ラファエル様は女性側のステップや優雅な動き方を丁寧に教え込まれ、その中で自然とクリスティーナ様への接し方も学んでいった。ラファエル様は練習の中で徐々に自信を取り戻し、苛立ちを抑え、クリスティーナ様に再び向き合う決意を固めた。


翌日、クリスティーナ様は不機嫌そうに練習場へ戻ってきたが、ラファエル様の穏やかな態度に少し驚いたようだった。


「…今日はちゃんと教えてくれるの?」


「もちろんです、お嬢様」と、ラファエル様は柔らかな笑顔で応じた。


練習が再開されると、クリスティーナのステップは次第に滑らかになり、ラファエルとの息もぴったり合うようになった。ベルの教えが効果を発揮したのか、クリスティーナの機嫌も良くなり、ラファエルに対しても柔らかく接するようになった。


その様子を遠巻きに見ていたファス様と、バァル様が笑いながら杏慈様に話しかけていた。


「おー、見てみろよアンジ。あんなに拗ねてたのに、もうクリスティーナ様とうまく踊ってるぜ。」


「ラフィはやればできる子。」


「…当然だ。ラファエルの資質はずっと高い。少しの助言で結果を出す。それが彼の強さだ。」


クリスティーナ様のデビュタント当日、彼女は舞踏会で見事なダンスを披露した。ラファエル様とのコンビネーションも完璧で、会場中が彼女の美しさとパフォーマンスに息を呑んだ。


夜が深まる頃、疲れた様子のラファエル様が静かに自室へと戻る姿を私はそっと遠くから見守っていた。今日は特に大変な一日だったに違いない。クリスティーナ様のデビュタントが大成功に終わったのは、ラファエル様の努力の賜物だ。私は彼を労いたい気持ちが抑えきれず、ラファエル様の好きな飲み物を部屋の前に置いた。ラファエル様が気づいてくれるだろうかと、少し緊張しながら影に隠れる。


ドアの前に立ったラファエル様は、置かれた飲み物に気づき、首をかしげながらそれを手に取った。


「…なんでここに?」


と小さくつぶやき、周りを見渡す。その瞳にはわずかな戸惑いが浮かんでいたが、すぐに興味深そうにその飲み物を一口飲む。


「美味しい…」と、ぽつりと呟くラファエル様。


その表情はどこか優しさを感じさせるものだった。彼の普段の冷徹で計算高い一面とは違い、今はホッとしたように少し微笑んでいる。


私はその一部始終を物陰から見つめていたが、ラファエル様が嬉しそうに飲み物を味わう姿を見て、こちらも安堵感で胸がいっぱいになる。彼をこうして支えることができたなら、それだけで十分だ。


ラファエル様が部屋に戻ると、私は静かにその場を後にした。誰にも気づかれないように。ラファエルが様が誰かに労わられていることを感じてくれたのなら、それでいい。


「よし、明日も頑張るぞ」と、心の中で小さく決意を固めて、私は次に向かうべき場所へと足を進めた。


ラファエル様の微笑みが、私の中に少しだけ勇気を与えてくれた気がする。


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転生したらモブメイドになったので、存分に推しを観察します! 芭波 柚希 @Yuzukirin

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