episode.02 ベルの任務・夜会前夜の混乱

「ベル様、おはようございます!今日も素敵ですね!」

「ベル様、私たちに何かお手伝いできることはありませんか?」


大広間の扉が開いた瞬間、数名のメイドたちが一斉に声をかけてきた。彼女たちは皆一様にベル様を見つめていて、その熱心な視線は、ベル様の人気ぶりを物語っていた。ベル様はいつものように余裕たっぷりに微笑み返し、軽く手を振って挨拶を返す。


「みんな、おはよぉ。今日は特に手伝ってもらうことはないよ~。」


メイドたちは少し残念そうにしつつも、ベル様の言葉に満足して、それぞれの持ち場に戻っていった。ベル様は今日もいつも通り完璧だった。


だが、そんなベル様に大きな仕事が任されることになる。


「ベル、妻の夜会のドレスを発注してほしい。重要な夜会だから、間違いのないよう頼む。」


旦那様は、ベル様に特別な依頼をした。ベル様のファッションセンスや、どんな仕事も完璧にこなす彼の姿勢を信頼してのことだった。ベル様もまた、いつも通りの自信に満ちた口調で答える。


「お任せください。必ずご期待に応えます。」


ベル様はすぐに行動に移し、仕立て屋に夜会用のドレスを発注した。彼は流行にも精通しており、奥様の好みに合ったデザインを選んだ。すべてが順調に進んでいた…そう思っていた。


「…これ、全然違うデザインじゃない?」


夜会前日の夜、メイドの一人が困惑した表情で箱の中を見つめる。そこに入っていたのは、発注したドレスとは似ても似つかないものだった。ベル様がすぐに状況を把握し、冷静に対処しようとしたが、時間はほとんど残されていなかった。


その頃、大広間ではファス様、杏慈様、バァル様が集まり、状況を把握しようとしていた。


「…まさかこんなミスをするなんて。ベルくんはいつも完璧なのに。」


杏慈様が少し笑いながら言うと、ベル様は腕を組んで眉をひそめた。


「確かに俺らしくない失敗かなぁ。発注ミスだったのか、仕立て屋が間違えたのか…どちらにせよ、もう時間がないね~。」


ベル様は普段メイドと話す口調で説明するものの、やはり内心は焦っているようだ。


「おいおい、こんなドタバタ面白いじゃねぇか。ベルも人間なんだなー。」


バァル様が軽口を叩き、ファス様は冷静に状況を見つめていた。


「これがうまく収まるなら、それもベルの力か…それとも別の誰かか…?」


ファス様は静かに言い、杏慈様は興味深げにファス様のほうを見た。


一方、大広間の片隅で私はそのやり取りを耳にしつつ、すでに動き出していた。推しが困っている…なんとかしなければ!という使命感が私の心を掻き立てる。次に彼がどのように行動するか想像できた私は、メイドたちを集め、こう言った。


「大丈夫、大丈夫だから。この布を使えばきっと素敵に仕上がるよ。ベル様のために頑張りましょう!」


私は手際よく必要な布やパーツを用意し、メイドたちに指示を出していた。ベル様に憧れる彼女たちは一生懸命に動き、必死にドレスを修正していった。ドレスの修復には技術が必要だが、ベル様を慕うメイドたちは一致団結し、何とか彼を助けようと必死だった。


「ねぇ、これいる?」


いつの間にかラファエル様もいて、バァル様が指示に従いながらも手伝おうとする姿が珍しく、少しばかり微笑ましかった。ファス様もさりげなくサポートしつつ、なんとか無事に夜会のドレスを修正することができた。


翌日、夜会が無事に始まった。奥様が纏ったドレスは、まるで仕立て屋が最初からこのデザインを考えていたかのような完璧な仕上がり。旦那様は驚きつつも、満足げな笑顔を見せた。


「ベル、君に頼んで正解だった。このドレスは最高だよ。」


ベル様はいつものように冷静に微笑み、軽く頷いた。


「ありがとうございます、旦那様。皆のおかげです。」


ベル様はドレスを手直ししてくれたメイドたちに一瞬だけ視線を送るが、その視線の先には私がいた。しかし、ベル様は私の存在に気づくことなく、メイドたちの働きに感謝の言葉を投げかけた。


「君たち、本当にありがとう。」


メイドたちは嬉しそうに顔を輝かせ、さらにベル様への憧れを強めた。


夜会が終わり、ベル様はしばし考え込むように大広間を見渡した。ドレスの修正がうまくいったが、どこかで微かな疑問が浮かんだ。


「…誰かが俺を助けてくれたのかなぁ?」


ベルの胸にはうっすらとした違和感が残っていた。確かにメイドたちは一生懸命働いたが、それだけでこの結果が成し遂げられたわけではない。誰かが陰で手を貸していたのではないか――そう感じたが、ベルはその答えを見つけることはできなかった。


一方、バァルもまた誰かの存在を感じていた。彼は一瞬だけ私の方を振り返ったが、私がすぐに姿を隠したため、確信には至らなかった。


「…もしかして、あいつか?」


バァル様は鼻で笑い、肩をすくめながらその場を去った。


もしかしたらベル様も、そしてバァル様も、私が陰で動いていたことに薄々気づいているのかもしれない――。

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