第六話「その鏡に映るもの」
激しい金属音が響く。
やがてフードの奥から聞こえたのは、想像より若い声。
「……先生、もういいでしょう。これ以上、真実を隠す理由なんてないんじゃないですか?」
その
一方、江藤先生は、低く
「……そんなことは、おまえには関係ない。今すぐここを去れ。あの鏡に触れるな。あれは……二度と学園の生徒たちの前に出してはいけないんだ」
その言葉に、フードの人物は悲しげにかぶりを振る。
「鏡のせいで起きた事故だと思っているんでしょう? けれど、あれはただの道具じゃないですか。鏡を隠しても、過去の事件は消えない。大切なのは、それをちゃんと認めて前に進むことじゃないんですか?」
まるで何かを
そこへ、
みのりと
「……やっぱりあなたは誰かだったのね……!」
ジュリがそう叫ぶと、侵入者は慌ててフードを下げた。その下に現れたのは、意外にも自分たちと同じくらいの学生らしき顔立ちの少年だった。見知らぬ人物……しかし、ジュリとどこか雰囲気が似ている。
少年は戸惑いながら、か細い声で
「き、君たちは……この鏡のことを探してるのか? ……もしかして、滝川ジュリの仲間……?」
ジュリは一瞬息を飲んだものの、すぐ冷静さを取り戻すように問いかける。
「私を知ってるの? あなたは誰……いえ、どうしてこんな場所に?」
すると少年はゆっくりと口を開いた。
「……僕の名前は滝川
ジュリは思わず目を見開く。遠い親戚……言われてみれば、面差しの
一方で、江藤先生は肩を落としながら、深く息をつく。
「……そうだ。昔、あの鏡の前で大きな事故があった。生徒が
その苦しげな表情は、単なる
しかし、怜はまっすぐ先生を見つめる。
「鏡そのものが悪いわけじゃない。事故の原因は、鏡に映った自分自身の姿に恐怖を感じてバランスを崩した……とも言われてる。要するに、“歪んだ鏡”だと噂するから、人々が余計に恐怖を募らせ、事故が大きくなったんだ」
ジュリは静かに一歩踏み出した。彼女もまた、幼いころにあの鏡を見て気を失いかけた記憶がある。だからこそ、怜の言葉に何か大切な真実が含まれている気がしてならない。
「……確かに私は、昔この鏡を見て怖くなった。だけど、あれは鏡が悪いんじゃなくて、そのときの私自身の気持ちが不安定だったから。鏡はただ映すだけ……映すものが歪んでいれば、
そう告げるジュリの声に、江藤先生は唇をかみ、苦悩の表情を浮かべる。そして、暗い部屋の片隅に
歪んだ鏡は
「……先生、そろそろ真実を公にしてもいいんじゃないでしょうか。過去を全部
そう言う怜に、江藤先生はしばらくの間黙っていたが、やがて深くうなずいた。封印だけでは解決しない、歪みはいつか再び傷を広げる。その事実を悟ったのだろう。
すると、怜はそっと鏡に触れ、折り畳んでいた管理リストを広げる。そこには、改ざんされる前の“本来の記録”が記されていた。鏡の正式名称、寄贈者、そして事故の詳細。当時苦しんだ人々の
「ありがとう……助けてくれて。君たちが動いてくれなかったら、僕はこの鏡をこっそり持ち出すしかなかった。だけど、こうして先生とも話せたから、最善の道を探せるかもしれない」
怜はほっとした笑みを浮かべ、ジュリやみのり、ユウタに視線を向ける。まだすべてが解決したわけではないが、少なくとも鏡にまつわる“真実”は
気づけば、資料室の扉から差し込むわずかな月明かりが、鏡の表面を
しかし、その歪みこそが彼ら自身の悩みや揺れを映し出しているのだと、今なら理解できる。鏡に映る姿に怯える必要はない。事実を受け止めて、そこから一歩ずつ前へ歩みだせばいいのだから。
こうして、“歪んだ鏡”をめぐる真実は解き明かされ、学園に隠されていた歴史は新たな幕を開けることになった。たった一枚の鏡が映す歪んだ影は、かえって人間の心の奥底を照らし、道を示す導きにもなり得る——。
それは、新たな地平。固定観念に
夜明けが近づく。静かに息を吸い込んだみのりは、背後にたたずむ鏡をひと振り振り返った。そして心のなかで、小さくつぶやく。
“ようやく、あなたの本当の姿を知ることができたよ。もう、怖くないよ。”
(完)
歪んだ鏡 真島こうさく @Majimax
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます