第6章:永遠の帰還

 本を開くと、そこには蓮華の人生が記されていた。しかし、それは単なる記録ではない。それは、無限の可能性の中から彼女が選択してきた「物語」だった。


『あなたは理解しましたか?』


 システムの声が優しく問いかける。


「ええ、少しずつ」


 蓮華は静かに答えた。


「私たちは、自分で作り出した物語の中で生きている。そして、その物語は常に書き換えられ続けている」


『その通りです』


 システムの声に、温かみが感じられた。


『そして今、あなたは新たな選択の時を迎えています』


 突然、空間が広がり、無数の扉が現れた。それぞれの扉の向こうには、異なる「現実」が広がっている。


「これは?」


『あなたの選択肢です』


 システムが説明を続ける。


『この発見を世界に公表するのか、それとも秘密にするのか。あるいは、全く新しい物語を始めるのか』


 蓮華は、それぞれの扉を見つめた。しかし、彼女の心は既に決まっていた。


「私は、この物語を続けます」


『なぜですか?』


「なぜって……」


 蓮華は微笑んだ。


「この物語こそ、私という存在の本質だから。たとえそれが幻想だとしても、この選択が私自身なのです」


 システムは沈黙した後、静かに応えた。


『素晴らしい答えです』


 空間が徐々に溶けていく。蓮華の意識が、現実世界へと戻っていく。


「蓮華!」


 目を開けると、仮屋が心配そうに覗き込んでいた。


「大丈夫よ」


 蓮華は立ち上がり、窓の外を見た。夜明けの光が、東京の街並みを優しく照らし始めている。


「これからどうするの?」


 仮屋の問いに、蓮華は確信を持って答えた。


「研究は続けるわ。でも、目的は変わった」


「どういうこと?」


「私たちの世界が幻想かどうかは、もう重要じゃない」


 蓮華は、朝日に照らされた自分の手のひらを見つめた。


「大切なのは、この物語の中で、私たちがどんな選択をしていくかということ。それこそが、『実在』の本質なんだから」


 その言葉と共に、新たな朝が始まろうとしていた。私たちの意識が紡ぎ出す物語は、永遠に続いていく――。


(終)

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【SF短編小説】実在という幻想 ―Quantum Cage― (9,989字) 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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