〔SS〕ドラゴンとおしゃべりな魚

グレまきっ!

おしゃべりな魚

 ドラゴン 

 それはとても大きな姿をした恐ろしい生物である。

 固い鱗に鋭い牙、大きく象徴を見せる角、ギョロりと動く大きな目。それは王者である風格を表し、同時に恐怖で相手を戦わずとも追い払う特殊能力を得た。

 だがその風格は、いまはもはやその容姿だけではない。実力までも進化を重ねて風格を強くしていったのだ。

 それに今は世界に魔法が蔓延り、ドラゴンはその競争にとても有利であった。


 ドラゴンは今や、世界を守る調停者となっていたのである。


「……がぁぁ。」


 静かに鳴く一匹のメスの子どものドラゴン。

 その鳴き声は、遠くに響く。勇ましく唸るが、どこか悲しそうに震えていた。

 まだ未熟なので、甘えているのだ。

 その視線の先には、空中で我が子を睨み付ける親のドラゴンがいた。

 羽を大きく広げ、空中を舞っている。


「ガァ。」


 一つ鳴いただけで、重々しい雰囲気を醸し出す。

 その言葉は、「さようなら。」


 ドラゴンの子どもはお母さんの言葉を聞くと激しく、遠吠えのように泣き出した。

 勇ましくうなることもなく、行かないでと甘えるように。

 ドラゴンの子どもはお母さんに向かって飛ぼうとするが、まだその未熟な羽は空に飛ぶことができなかった。

 頑張って空に向かおうとお母さんを追いかけようと一生懸命飛ぶが、そこにはもうすでに、お母さんはいなかった。

 

 遠くに行ってしまい見えなくなってしまった。


 それからドラゴンは夜遅くに寝るまで泣き続け、やがて近くに母親が残してくれた洞穴に入ってその匂いをひたすらに嗅いだ。

 寂しさを紛らわすように残り香を感じたまま、泣きつかれて子どものドラゴンは寝てしまった。

 

「ルガぁ……」

 

 おやすみ、というが、それに返事は返ってくることはなく、洞窟の中に響くだけであった。

 


 次の朝



 ドラゴンは昨日の事を忘れたかのように、野生での一人暮らしを満喫していた。

 獲物を探しながら森の中を優雅に散歩していると、やがて緩やかな小川についた。


 明るい木漏れ日の中をくぐり抜けてきた小川は、きれいに光っていて、ドラゴンの興味を誘った。

 ドラゴンが見たことあるきらきらとする物は、宝石か魔法くらいしかなかったので、そこに宝石があると勘違いしたのだ。


 小川に近づくにつれ、岩肌のゴツゴツとした硬い感触が少し滑らかになっていく。

 その小川に向かって丸くなっているため、川に岩が溶かされているのかと思ってドラゴンはその川に近づかなかった。

 川の中が見えるくらいまで接近した所で、ドラゴンは引き返そうとする。

 

 すると後ろからバシャリと水しぶきがとんできた。

 それに敵だと思ってすぐに振り向くも、水がかかってきて目を塞いでしまった。

 溶ける!と顔をゴシゴシと洗ったが、顔が溶けることはなく、むしろ少し冷やされて体が涼しくなった。

 それで川が安全だと知った。

 

 すでに水しぶきが終わっており、ゆっくり目を開けるが、もうすでにそこに生物はいなかった。

 なんなのだろうと思い、その冷たい水に前足をつけた。

 

 川の水は思っていたより冷たく、体中にその冷たい感触が波のように体を伝っていく。

 少しすると手が水に慣れてまた涼しくなって心地よいと感じた。

 

 そんなに冷たくない、とドラゴンは調子にのり、川に体全体を飛び込ませた。

 

 すると体中が一気に冷やされ、ギャ――――ス!とおまぬけな叫び声があがった。

 幸い川はドラゴンの足がつくほどで、すぐに脱出はできたものの体温が奪われてしまった。

 体に付いた水をふるい落とすが、体全体の冷えは消えなかった。


 太陽の光で乾かそうとするが、そう早くは乾かないだろう。


 ドラゴンは体を震わせながら太陽光に腹を出して寝ていた。



 ところがその休憩中に水を指してくるやつがいた。


 ドラゴンの脇腹にピューッと細い水てっぽうがかかる。

 とても敏感な所を刺激されたためドラゴンは飛び上がり、ギャ――――ス!とまたおまぬけな叫び声をあげた。

 誰だ!?と水てっぽうが飛んできた川のほうに唸る。


 その方にいたのは、1匹の魚だった。地上に上がって、その前足を器用に使い這うように地を移動し、倒れると暴れながら地面を叩いていた。


「あひゃひゃひゃひゃ!ドラゴンのくせにおもしろ!」

「ガルゥッ!」――誰!

「アヒャ、あ?誰だって?俺は陽気な魚さ。」

「るガウガウ!」――魚、喋らない!

「魚が喋るわけない?そりゃあそうさ、だって俺は神様に選ばれた魚だもーん!つまり、滝を登った鯉、雲の上のドラゴンってわけ!」

「……ガガ?」……何者?

「うざいやつなのはわかってるさ、俺暇なんだからかまってくれよ〜お前も暇だろ〜?ドラゴンなんだし!」

「ウーが、ガウ」――食べさせて。それでいい。

「餌として食っていいなら、まいっか、俺ももう寿命だしな……いいよ」


 その鯉はよく喋る。

 自分が偉いかのように、自分が人気であるかのようによく喋る。

 ドラゴンは子どもながらそれにうんざりして、もう帰ろうかと考えていた。


 だが魚のうまい誘導に負け、ドラゴンは話を聞くことになった。その代わり新鮮な餌が増えるので、良いことだ。


「お前、恋愛したことある?俺はあるんだ。しかもちょっと前に告白したんよ。お腹の出たぷっくら丸い美魚にね、そしたらなんて返事帰って来たと思う?もちろんって来たんだよもちろんって!彼女も俺に惚れちゃってたみたいで、めっちゃ嬉しかったんだよな〜。んで、あるの、ないの?」

「ガ?ウガウグ?」――恋愛って?

「え、あ、そういえばお前幼体か。6歳くらいで母親が恋しくなる時期だなぁ、ちょうど親と別れたんだろ?」

「がうぅ……」――お母さん……

「あっ、ちょ、泣くなよ!泣かせる気はなかったんだって!」

「がぁああっ……」――あいたいよぉぉ……

「……気持ちはわかるぞ、だが今お前の母親もおんなじ気持ちだ。」


 ドラゴンはガアガア泣き出し、収まる気配もなかったため、魚は小川に戻り、水を含んでドラゴンの頭に飛ばした。

 それは顎に命中した。痛みはなかったが体が冷えてまた体が震えた。


「アガがっ!」――冷たいっ!

「しっかりしろ!お前はもう立派なドラゴンなんだから、泣くんじゃねえ!」

「ガ……ガぅ」――ひ……ひドイ!

「くよくよしてるからたたき直したんだよ!自立したドラゴンなんだから威厳ないと生きていけないよ。……いやまじで」

「ガーウ……」――でも

「でもじゃない!老人が言うんだからそうなんだよ!」

「ガァ?ウガッ」――ほんと?おじいちゃん

「お、おじ?……ま、まぁ、いいだろう、泣き止んだし。」

「ウガッ、クルルル……」


 ドラゴンは魚にゆっくりと近づき、頭をすり付けて甘える。喉の振動が魚に少し伝わってきた。

 

「なんだそれ、猫なで声みたいなもんか?だが甘えるのも少しにしろよ?俺はお前のエサなんだから。そういう約束だろ?」

「ガル、ルガァ」うん、食べていい?

「ああ、いいよ、そもそもお前くよくよしてたから俺が声をかけただけなんだがな。」

「ガッ、ルウガ?」――えっ、なんで?

「自殺しに来たのさ」

「ルゥ」――そうなんだ。


 魚は嘘をついた。

 だが魚は悪い気分はしなかった。

 

 魚はいつかは食われる運命である。

 その事をわかっていながらもドラゴンに声をかけた。

 

 どうせ死ぬなら自分よりくよくよした存在に話しかけて、少し励ましてカッコつけてから死んでやろうという魂胆であった。


「ガールッ」――いただきます

 

 ドラゴンはお構いなしに魚を丸飲みした。

 魚のことばを体に飲み込むように。



 ドラゴンは無意識的に魚を覚えていた。

 おじいちゃんとして。


 

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