第5話 悪夢


 そこには二人の白装束が立っていた。



 視界に彼らが映った途端、俺は息を呑んだ。


 彼らの腰には剣がぶら下がっていたのだ。



「誰だ! お前たちは!!」


 物々しい雰囲気を持つ不気味な二人に、父は立ち上がり怒号をあげる。



 シュウィンっ。


 彼ら二人が剣を抜く。



 あっけなかった。次の瞬間、俺の楽しい異世界生活は終わりを告げる。



「いくぞ!」


 一人がそう合図すると、彼は父に斬りかかった。


 父も兵士。そう簡単にはやられない。だが、二対一だ、一太刀目を腕で受けるのが精一杯。二人目の斬撃は父を切り裂いた。


 返り血がその装束たちにかかり、白は紅へと変貌していく。


 父が倒れる。死んだのだ。



「とぉさん……嘘だよ……ね?」




「きゃぁあああ」


 母が悲鳴をあげる。それと同時に彼女は無詠唱魔術を放った。


 その魔法は今まで見たことないほどに大きな水の塊だった。


 その水の塊はとてつもない速さで彼らを襲う。



 だが、水の塊が彼らに当たることは無かった。


 難なくその水は斬り伏せられ、水は半分に割れて家の壁を貫通していく。



「う、うそ……………………」


 膝から崩れ落ちる母。



「女と子供も、やるぞ……」


 そう言うと、先ほど水の塊を切り捨てた背の低い方が、家の中にズカズカと入り込んでくる。


「あ、アイン、私の後ろへ……」


「は、はい」


 タン、タン、タンと死がゆっくりと近づいてくる。俺は母の後ろで怯えることしかできなかった。


「お、お願いします……!!どうか、息子だけでも……」



「…………何か言い残すことはあるか……?」



 背の低い方の声を聞くと、母はこちらに顔を向け、微笑みかけるのだった。


「アイン、愛してる……それと……」



 いやだ、いやだいやだ。こんなの……最後の別れみたいじゃないか……。



 どうして、こうなった……。



「アイン……あなたには秘密があるの……それは……」



 さっきまでみんなでご飯を……。



「女を殺せ」



 やめ……。


 剣は無常にも振り下ろされる。


 ビュン。



 母の首からは血しぶきが上がっていた。血が顔に降りかかる。




 母の顔と胴体は切り離されていた。



「うぇ?」



 は、は、は、は、は。呼吸が、息が苦しい……。やだ、死にたくない……こんな時はどうすれば良いんだ。


 この時、ジェシカの言葉が蘇る。


「……その枝で、剣で、ゾルたちをやっつけちゃえば良いのよ」


 そうだ、抵抗すれば……。

 ここに木剣もある。やろう……! いや……待て……。



 なんで俺はもっと早くに、そうしようとしなかった……?

 もっと早くに抵抗しようとしていれば、父も、母も、助かったかもしれない。


 でも俺はしなかった。できなかった。


 何のために五年もの間、ジェシカと剣の訓練をしてきたというんだ……。こういう時のためじゃないのか?


 俺は……クズだ……。


「うぁあああぁ」


「気でも狂ったか……まぁ無理も無い、か……」


 何で、俺、もっと早く動かなかったんだ……。もっと早く動けていれば……。


 ふと、俺を見下す白装束を見上げる。


 目が合った。


 だが、彼はすぐに目を逸らした。



 卑怯だろ……。



「卑怯だ……。俺の父さんと母さんを殺しておいて!!! この期に及んで、目を逸らすのは卑怯だ!!! お前は、人殺しだ!!! その責任はお前が一生、背負うんだ!!! 目を背けるな!!!」


「……うるせぇ」


 でかい方の白装束がそう言うとデカブツは剣を振り下ろす。


 俺はずっと背の低い方の彼を見つめていた。さっき彼が目を逸らしたからだ。


 すると、少しだが、顔が垣間見える……。長い……耳? エルフか……?



 剣が俺を断とうとしようか、という瞬間。


「待て。子供は殺すな……」


 背の低い方が呟く。


「……ですが……いいんですかい? アルベルトさん……」


「あぁ、良いんだ。……こんなやつ、何かできようとも思えん。殺すな」


「……で、ですが……」


「良いから、殺すな!」


 どういうつもりだ……。


「情けのつもりか……そんなことをしても、罪は消えないぞ……!!」


「ふっ、そんなつもりではない…………ほんの、気まぐれだ……」


 どうせなら、俺を殺してくれ……!!


 そう思ったが、俺にはそれを言う度胸すら無かった。

 死ぬのが怖かった。あの苦しみをまた味わうことになるのかと思うと……どうしても……。


「麻袋にでも、そいつを入れておけ、連れていくぞ……」


「え、連れていくんですかい?」


「……あぁ、途中、奴隷商にでも売る」


「わ、わかりやした……」





 この後、俺は麻袋に入れられ、馬車と思しきものに乗せられた。



 それからどれくらいが経っただろう。


 俺が自責の念に苛まれ、親との別れを嘆いていた頃。


「おい出てこい」


 麻袋の口が開く。アルベルト? とかいう白装束に連れられ馬車から出ると、そこには、俺のいた街なんかとは比べ物にならないほどに栄えていそうな、街が広がっていた。








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騎士爵家の執事〜俺はまた人間という醜い生き物に生まれてしまった〜 来世は動物園の動物になりたい @nyakonyako893

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