家に帰るまでが遠足
サトウ・レン
ちゃんと帰りましょう。
「家に帰るまでが遠足です。気を付けて帰ってください」
学校のピロティで体育座りしているぼくたちに、先生が言った。疲れ切っていたぼくたちはたぶん、そんなに真面目に先生の話を聞いていなかった、と思う。だってぼくが先生の言葉について改めてしっかりと考えはじめたのは、遠足からの三回目の帰り道だったからだ。
今回が八回目の帰宅だ。
クラスのみんなはそれぞれの方法で家へと帰っていく。なんかすごく当たり前のことを言っているみたいだけど、これが重要なことだから仕方ない。たとえば親が迎えに来ている里中くんや山田さんみたいな子もいるし、たとえば唐谷くん、東野くん、大田くん、井出くんの四人みたいに仲の良い子同士で帰っている子もいる。ちなみにぼくは五度目の時に、この四人と一緒に帰ったので知っているのだが、ちゃんと帰らずに、スーパーに寄り道をしている。
今回はどんな方法で帰ろうか、とぼくは考える。まだ試していないのは、親を呼ぶ、だけど、スマホは持ってない。話しかけるのがすこし怖かったけれど、先生に、「スマホ貸してください」と言うと、貸してくれた。母さんのスマホの番号に掛けると、「近いんだから、歩きなさいよ」と返ってきた。どうしても、とお願いすると、「分かった。飲酒運転になるけど、許してね」と言われた。なんだか嫌な予感がする。
ぼくは母さんが来るまでの間、これまでのことを思い出すことにした。
一回目。ぼくが何も知らなかった頃だ。いや、いまでもよく分かっていないのだけど、この時は本当に何がなんだか、よく分かっていなかった。先生の解散の合図とともに、ぼくは家を目指していた。夜道を家族にも文句言われず歩くのは、ちょっとした冒険の感じもあって、ワクワクした。ぼくの家は歩いて十五分くらいだ。住宅地から逸れたところにある。ボロボロの木造家屋がめずらしいのか、結構、馬鹿にされることもあるけど、ぼくは意外とこの家が好きだった。何度も繰り返しているうちに、いまでは恋しくなっている。
帰り道では特に何も起こらなかった、途中までは。
異変が起こったのは、自分の家が見えた時だ。
急にぼくの家はロボットみたいに変形をはじめて、どこか遠くに走り去っていった。
唖然としていたぼくは気付くと、小学校のピロティにいて、先生がぼくたちの前で話をしていた。あぁそうか、ぼくは寝ていたのか。一回目の時は、それ以上、深くは考えなくて、
だから二回目も同じだった。
まったく同じで、自分の家を見た瞬間、急に変形をはじめて、走り去っていく。そして気が付くと、ぼくはまた、学校にいる。
三回目。さすがに怖くなって、次は、先生に、「家まで送ってください。夜、ひとりで帰るのが怖くて」とお願いしてみた。怖かったのは夜じゃなくて、いまぼくに起こっている不思議なことだったのだけれど、もちろんそんなことは言えなかった。
先生は快くOKしてくれた。
帰る途中、ぼくの家を目指していたはずの先生は、突然、行き先を変えた。どこに向かっているんだろう、と思っていると、知らないアパートの前で車をとめた。
「ここ、どこ?」とぼくが聞くと、
「あぁ、ここは先生の家だよ。隠す場所が近くにないとね」と先生が笑った。
先生の手がぼくの首に伸びてきて、掴まれた。のどを強く押す先生の指に力が込められる。あまりの苦しさに、『殺される!』と考えることさえもできなかった。そして気が付くと、ぼくはピロティにいた。
どうやったら家にたどり着けるのだろう。家を見ても、家は逃げないのだろう。
とりあえず何をすればいいのかは分からない。だけど、ぼくは何度もループを繰り返している。これだけは分かった。ループ。兄貴が持ってたライトノベルにそんな話があったので、一応、知っている。あのライトノベルの話だと、ある条件を満たすと、ループが終わりを迎えていた。きっとこの『帰宅の繰り返し』にも何か打ち破る条件があるはずだ、とぼくは信じてみることにした。本当にそんなのがあるかどうかも分からないけど、ぼくには信じることしかできなかったから。
四回目は、里中くんのお父さんの車に一緒に乗せてもらった。交通事故に遭った。
五回目は、唐谷くんたちと一緒に帰っていると、寄り道したスーパーで高校生くらいの集団に何度も殴られた。もう死ぬ、と思ったところで、ぼくはまたピロティにいた。
六回目……七回目……。似たような感じだ。ぼくのループが打ち破られることはなかった。
いまが、八回目だ。
母さんの真っ赤な車が見えた。物凄い勢いのスピードでピロティの中に入ってきて、とまることなく、ぼくの体へと向かってくる。
そして九回目……十回目……二十八回目……五十七回目……七十四回目……九十六回目……百回目。
数えたのは、百回目までだ。それ以降は数えていない。でもたぶん、千回は軽く超えている、と思う。ぼくはこの繰り返しの中で、大人よりも長い時間を生きた、と思う。何度かみずから死を選んでみたが、残念ながら、またピロティにいた。自棄になって、クラスの子を殺してみたこともある。別の誰かに殺されて、またピロティにいた。終わりは、永遠に来ない。死んでも終わらない閉じられた世界で、ぼくはどう生きていけばいいのだろうか。
??????回目。
僕は公園のトイレに向かった。洗面所がある。
鏡がある。
ぼくは鏡の前に立つ。
祖父にそっくりな顔の老人が、鏡に映っていた。
嘘だ、と思った。そんなはずはない。
だってぼくは子どものまま、一切、成長していないのだから。
ぼくは偽りの世界を壊すため、怒りのままに、鏡に向かって自らの頭を強く打ち付ける。
家に帰るまでが遠足 サトウ・レン @ryose
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