【カクヨムコンテスト10短編】帰りの会

おひとりキャラバン隊

帰りの会

「はい、では今から『帰りの会』を始めます」


 先生がそう言って、日直当番の僕に目配せしてきた。


 僕はその合図に呼応するように、

「起立!」

 と号令をかけると、クラスのみんながガタガタと椅子を引きずる音を立てながら起立した。「礼! 着席!」

 と僕が続けると、みんなが一礼して着席する流れだ。


 全員が着席して静まったのを見計らった様に、先生はチョークを持って黒板に文字を書きだした。


 カツカツと小気味よい音を立てるチョークの動きをしばらく見ていると、そこには『夏休みの過ごし方』という文字が書かれていた。


 カタンとチョークを置いた先生は、僕達の方に向いて、みんなの顔を見渡した。


「さて、明日から夏休みになる訳ですが……」

 そう話し出した先生の声は、少し緊張しているように思えた。


(明日から夏休みか……)


 僕は憂鬱だった。


 何故なら、僕は帰る必要があるからだ。


 に居れば美味しいご飯が食べらるし、みんなと遊ぶ事も出来る。

 だけど、に帰るとのだ。


「帰るのは誰と誰だったかな?」


 先生がそう言ってクラスを見渡した。


 僕は知っていた。に帰るのは、僕とサチ子ちゃんだけの筈だ。


 僕はおそるおそる手を上げた。

 それを横目で見ていたサチ子ちゃんもオズオズと手を上げた。


「そうでしたね。今年はヒロシ君とサチ子さんが帰るんでしたね」


 そう言って先生は、残念そうに首を振った。


(帰る……んだな……)


「さて、では今年も帰らない他のみんなは、寮で夏休みを満喫して下さいね」


 先生がそう言うと、僕とサチ子ちゃんを残してみんなはゾロゾロと部屋を出て行った。


 後に残った僕とサチ子ちゃんは少しだけ視線が合ったが、すぐにどちらからとも無く、俯くようにして視線を逸らした。


「じゃあ、ヒロシ君とサチ子さんは、明日にでも出発してもらう事になりますね」


 先生が開き直った様な表情で僕達にそう言った。


「……はい」


 サチ子ちゃんがか細い声でそう言った。


 僕は頷くだけで声にしなかった。いや、出来なかった。


 日直の号令はあんなに元気な声が出せたのに、今は緊張で喉がカラカラになり、声が出なかったのだ。


 先生は少し笑顔を作り、

「もしかしたら、うまくいくかも知れないよ」

 と言ったが、その笑顔は引きつっていた。


 ……西暦2050年7月20日。


 地球が第三次世界大戦で使われた核兵器による汚染で人間が住める場所が減り、火星の開拓民として両親と共に移住してから5年が経った。


 火星では、2000人程度が生活できる小さなコロニーがすべてだった。


 火星を統治していた政府の政策は「産めよ増やせよ」で、12歳になると全員が遺伝子適正検査を受ける。


 12歳になった僕も検査を受けたが、その結果は「不適正」だった。


 何が「不適正」なのかは分からないが、先生からは「子孫を残すのに適さない遺伝子」なのだと言われた。


 今回の検査では、僕とサチ子ちゃんが「不適正」だと評価された。


「不適正」と評価された人間は、人類が生まれた星「地球」に事になる。


 そして、汚染された地球を浄化する為の要員としてされるのだとか。


 稀に地球に帰った者の中から、素晴らしい能力を発揮して火星に戻る人も居るらしい。


 先生が言う「もしかしたら、うまくいくかも知れない」というのは、きっとそういう事なのだろう。


(でも、僕は……)


 先生からの説明では、僕が「不適正」だったとはいえ、両親も地球に返される事にはならないらしい。


「君の御両親は優秀な人達だから、優良な遺伝子は残せなかったけれど、その能力は火星で発揮してもらう事になるんだよ」


 先生はそう言って、笑っていた。


 僕は6歳の時までしか地球に居なかったので、地球の事はあまりよく覚えていない。


 ただ、息苦しくなるような全身を覆う防護服を着せられて、チューブに入ったペースト状の栄養食しか食べられず、子供の僕には他に何も無い、そんな世界だったのは覚えている。


 お父さんが言っていた。

「すべては核戦争で壊れてしまった」

 と……


 僕にはそれがどういう事なのかイメージする事は出来なかったけど、夏休みを期に、僕は地球に


 またあの息苦しくなる防護服を着て生活しなくちゃならないと思うと憂鬱だ。


 もう、学校で支給される美味しい給食も食べられなくなる。


 僕みたいな何も取りえの無い子供には、絶望しか無い世界なのだと思う。


 でも、仕方が無い。


 僕は子供だ。


 大人の言う通りにしか生きられない。


「ねえ、ヒロシ君」

 不意にサチ子ちゃんの声が聞こえて顔を上げた。


「なに? サチ子ちゃん」


 見ればサチ子ちゃんは、ポニーテールにした長い黒髪を両手でもてあそぶ様にモジモジとしながら、

「地球に帰ったら、私と結婚しない?」

 と言った。

 その顔はいつになく大人びて見えて、おとなしく無口だったサチ子ちゃんとは思えない程に凛々しく見えた。


 サチ子ちゃんの言葉の意図は分からない。


(小学生が結婚なんてできる訳が無い)


 常識的な人ならみんなそう思うだろう。


(だけど……)


 絶望的な状況に陥った時、そして自分が子供で非力だと分かっている時、更に大人に助けてもらえる保障も無ければ、自分の利益しか考えていない大人に期待などできない時……


 最後に望むものは何だろうか?


 それは、ただ「誰かの温もり」なのかも知れない。


 僕やサチ子ちゃんの遺伝子が、どんな「異常」でこうなったのかは分からない。


 けれど、サチ子ちゃんにそう言われた僕は、


「うん結婚しよう」

 と、自然に答えていた。


 まるでそれが、唯一の希望だとでも言う様に……


 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


 翌月、僕達は地球に降り立った。


 宇宙船から見た地球は、青く美しい星だった。


 けれど、降り立った地球は、無機質な四角い大きな建物の他には何も無かった。


 建物の外は荒廃した世界らしい。


 防護服が無ければ、数年と経たずに死んでしまうのだと職員に教えられた。


 けれど、僕とサチ子ちゃんは地球に降りた日の翌日、施設を抜け出して、防護服も着ずに瓦礫の世界へと飛び出した。


 そして、二人だけの結婚式をして、廃棄になった街の小さな小屋で、裸で抱き合った。


 食べ物も無い、飲み物も無い、他に何も無い、ただそこにサチ子ちゃんだけが居る。


 あたたかく、滑らかで柔らかい肌の感触だけが僕を幸せな気持ちにしてくれた。


(このままずっと……)


 僕達はそうしてずっと抱き合ったまま、目を閉じて、幸せな空想の世界について話し合った。


 緑が豊かで、動物が沢山いて、綺麗な水が流れる川があって、畑には美味しい果物がっていて……


 そしていずれ、可愛い子供が産まれて一緒に暮らす、そんな夢の話を。


 数日の間、昼夜を問わずそうして話を続け、二人とも喉が渇いて声を出すのも苦しくなってきたその日の夕方、とうとうサチ子ちゃんは声を出せなくなり、ゆっくりと目を閉じて、そのまま目覚める事もなく、夜には冷たくなってしまった。


(……とうとう、僕は独りになってしまったんだな)


 そんな僕の両手は痺れて動かないし、頭もボウっとしてきている。


(ああ、そうか……)


 何となく、本能で悟った。


(僕はこれから、土にかえるんだ……)


 そして間もなく、僕の意識は、途絶えたのだった……

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