第5話 それだけに留めておく

 『石の中にいる』……リアさんが呟いた言葉。

 何の事か分からないけど、まぁ実際心当たりが無くはない。

 なんたって今も俺の上でプカ~と浮いてる青いメッセージボードに書いてあったもん。

 『あなたの部屋が石の中に設定されました』って、所謂そう言うことでしょ。


 本当に何の事か全く意味は分からんけどね!!

 ここで『ハハハハ、実は俺の部屋って石の中なんですよ~』って伝えても、その理由の説明を求められたら困るし、一先ず言うのは後にしようか。

 こんなに切羽詰まって焦っている人に、答えの出せない中途半端な情報なんて言おうものなら、劣化のごとく怒り出しそうだ。


「石の中にですか? どうして分かるんです?」


 取り敢えず、俺は何も知らないていで話を進めよう。

 いや、もなにも実際に知らないわけだし、なぜリアさんは俺の部屋が『石の中』だと分かったのか気にはなるし、なによりファンタジー上等な不思議時空の世界から来た住人との事だから、俺よりこのおかしな状況の真実の答えを導き出せる可能性が高いだろうしね。


「えっと……? 能力板を見ると現在の位置が分かりますよね?」


 俺の質問にリアさんは『なに当たり前なこと言ってんの?』みたいな顔をしながらそう答えてきた。

 う~ん?「分かりますよね」と言われても……ごめんなさい、今知りました。


 そうっすか、リアさんの世界じゃ『ポストが赤い』とか、『信号は青になってから渡りましょう』くらいの一般常識なんですね。

 18禁な能力値だけじゃなく、現在地まで分かるとかリアさん世界のステータスボード、じゃなくて能力板? って、とっても便利だなマジで。

 しかし『ステータスオープン』ってのは英語なのに、その青い板自体は『能力板』と呼ぶんすか。

 そう言えば『キュアディジーズ』も英語だったな。

 エンジニアは通じなかったのに、日英混合の度合いが分からん。


「それが、俺の世界では能力板ってのは存在しないんですよ。でも……あっ本当ですね。上の方に現在地が書かれている。あぁ確かに『石の中』だ」


「えっ! 能力板が無いんですか? という事はここは異世界……? 悪魔の転移罠でそこに飛ばされて? でも、そんなおとぎ話みたいな事が……。って、えぇぇぇぇっーーーー! 私の能力板が見えてるんですかっ?!」


「しぃぃぃ!! 声が大き過ぎです! 夜遅いんで大きな声は近所迷惑です」


「す、すみません」


 大声を出して驚いているリアさんに慌てて静かにするように注意する。

 するとリアさんはシュンとした顔で静かになってくれた。

 さっきの落下音は、幸いな事に他のアパート住人が怒鳴り込んでくるというトラブルにはならなかったものの、何度も騒音を出して良いものじゃない。

 俺は耳を澄ませて迫りくる住人に備える。

 しばらく経ったが隣人からの壁ドンはおろか、他の住人が近づいてくる気配もない。

 う~ん、それだけじゃなく相変わらず外の音が一切聞こえないな? 本当になんでだろ?


「ほっ、大丈夫そうですね」


 住人襲来を警戒する緊張から開放された俺は安堵のため息を付いた。

 リアさんも同じように胸に手を当てて深く息をしている。


 しかし、大声出したのはアレだけど『俺の世界に存在しない』って言葉で、自分が異世界転移したって事に気付いたのはさすがは不思議時空の住人だな。

 まぁそこら辺は、俺の世界でも『異世界転移』は今やネット小説や漫画の定番になっちゃってるし、ソレ好きにとってはある意味一般常識レベルで心構えは十分だろうけどね。


「そ、それよりタモツ様。本当に私の能力板が見えてるのですか?」


 リアさんは小さな声でそう尋ねてきた。

 そう言えば、大声出したのもその事に驚いていたよな?


「はい、見えてますよ。名前と年齢も17……え? 17歳!?」


 リアさんの年齢を見て、今度は俺が驚いた。

 スラッとした顔立ちに、緩やかなローブに身を包みながらも明らかにナイスバディな自己主張をしている身体のライン、それに大人びた言動……完全に同い年くらいだと思っていた。

 仮に下だとしても、少なくとも20歳は超えているだろうと思っていたのに17歳って……。

 リアさん世界の人達って皆こうなのか?

 仲良くなったらあわよくば! なんて下心が無いとは言えなかったけども、17歳はないわぁ~。

 一番上の兄貴の娘が確か今年16歳だったか? それと1歳差なんて姪の顔が浮かんできて、庇護欲しか湧かないや。

 そう思ったら、なんだか眼の前のリアさんが故郷で暮らしている姪っ子のように思えてきた。


 よ~し! 叔父ちゃん頑張っちゃうぞ~。


「ほ、本当に見えてるんですか? はわわわわ~……み、見ないで下さ~い!」


 俺の心の勝手に叔父宣言をよそに、リアさんは恥ずかしそうに能力板を隠そうとブンブン手を振っている。

 どうやら能力板ってのは実体が無いようで、リアさんの手は青い光を通り抜け手の平によって覆い隠されてしまい見えなくなった。

 その仕草はさっきまでの大人びた言動ではなく年相応な子供のようで、なんだか見ててほっこりする。

 

 最後にチラッと『スリーサイズ』の項目の数値が見えたんだけど、敢えて数値の詳細を明らかにするのは止めておこう。

 やっぱりリアさんは大人だった……それだけに留めておく。


「ごめんごめん、それより本来は見えないものなの?」


「特殊な魔道具を使わないと見えませんよ~。それに魔道具を使っても名前と階級、職業と技能。あとは犯罪歴くらいしか表示されません~。なんで見えるんですか~」


 なるほど、その魔道具って所謂ファンタジー物でよく出てくるタイプの判定機っぽいな。

 成人式に教会で神から授かったスキルを告知する時に出てきて『おぉ~! 神はこの子に聖騎士のスキルを与えてくださった!』と司祭が驚くアレとか、ギルドでライセンス証を発行する時に手をかざして『す、凄いですぅ~! SSS級冒険者ですぅ~』と受付嬢が感激するソレとか、街の門番が『ふん、犯罪歴はないようだな。通っていいぞ』と偉そうに言う定番のアイテム。


 いや~リアさんの世界は本当にかゆい所まで手が届いてるよなぁ。

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俺の賃貸1DKボロアパートの部屋が『石の中』に設定されてしまった件 やすピこ @AtBug

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