「語」

 一般家庭に生まれた僕はそれなりに勉強もして、遊んで、恋をした。おじさんの恋愛話なんて聞きたくないだろうから、ここは飛ばすね。結婚できたんだ。そして娘も生まれた。最高に幸せだった。そこに1人の男が現れた。そいつは僕のことを羨ましがった。幸せだったからね。いろんなことを話した。真剣に聞いてくれる彼とは、家で一緒に食事をするぐらいに仲良くなった。「あなたになれたら良いのに」と言った。「この人生は誰にも譲れないけれど、皆に譲りたいよ」と答えた。次の日、奴と入れ替わっていた。壁一面に僕らの写真があった。パソコンの中には、彼が起こしたであろう未解決事件の記事がたくさん保存されていた。部屋から出られなくなった。しばらくして、ひとつの電話が来た。僕の声がした。そいつは幸せだと言った。何も答えられなかった。それからすぐのこと、僕の体が死んだ。天罰がくだったのだなと思った。玄関のポストに、「大事な話があるから部屋に来て」と入れた。1週間後ぐらいに、妻が訪ねて来てくれた。久しぶりに見る妻の顔に少し嬉しくなりながら玄関を開けた。その瞬間、お腹を刺された。妻にプレゼントした包丁だ。ずっと使っていたからか、切れ味が悪かった。やり返そうとしたが、できなかった。妻を傷つけられなかった。どんどん僕の腹が血まみれになっていく。そいつに僕の体も妻の心も取られた。もうどうでもよくなったその時、そいつの口から出てきて欲しくない言葉が出てきた。「娘も後で送ってやる」僕は妻を初めて殴った。そいつのナイフを奪い、お腹に怒りと共に落としていった。そいつは幸せそうな顔をしていた。その夜、隣の部屋でゴンという音がした。今は娘しかいない。だが、僕は娘に合わせる顔がない。次にドアノブをずっとガチャガチャする音が聞こえた。僕は警察に通報した。母と父が娘を連れて帰った。それから5年、決心が湧かなかった。でもこの前、夢で妻に会ったんだ。あの子と話をしろと背中を押された。それで自首をした。これから僕は精一杯戦ってみる。君が許すなら、君の元に帰らせてくれ。父親として。

 そう話すと、目を赤くしながら頷いてくれた。

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