ゼロからイチを

 そんな私が処女作を書いたのは、小学6年の夏だった。


 きっかけは、スタジオジブリの名作『耳をすませば』を観た事。


 だがそこに至るまでには、いくつかの経緯があった。


 1つ目は、父が同僚から借りてきた、ドラクエ4とFF3を見た事。

 しかも、父がプレイしているのを、隣で見ていただけだ。


 それまで読んできた本といえば、学校の怪談、日本の妖怪話、それから江戸川乱歩の少年探偵団だった私。


 この人とこの人は、この先どうなるの?

 最後はどうなるの?

 学校の怪談や少年探偵団とは違った、ドキドキやワクワクが、そこにあった。


 2つ目は、当時住んでいた街が、両親の帰省先から離れていた事。


 長距離ドライブの中で、父は私と妹が飽きないようにと、私たちが好きだったアニメのサウンドトラック、NHKのみんなのうたや、ポンキッキの曲が入ったカセットテープをかけてくれた。


 私は、それらの音楽を聴き、流れる景色を眺めながら、お話を妄想する事を覚えた。


 取り留めのない日常のワンシーン。

 生きるか死ぬか、ギリギリの戦いのシーン。

 大切な人を失う、劇的なシーン。


 音楽に合わせて、様々な妄想に身を任せるのは、何より楽しい時間で、目的地に着くのが内心残念だった。


 5年生で転校したものの、周りの人と話すより、自分の妄想を楽しむという、完全なるコミュ症になっていた私は、1年間友達ゼロだった。


 誇張ではない。

 マジでゼロだった。

 だから休み時間も下校中も、本を読むか妄想しながら過ごしていた。

 居心地は悪かったが、辛い日々とは思っていなかった。


 そして迎えた6年生。

 先述の、耳をすませばを観た。


 こんな会話は?こんなシーンは?

 頭の中のお話を、形にしていくドキドキと、ワクワクが、そこに見出されていた。


 だから私は、夏休みの自由研究で、初めて作品を書いた。


 確か、ガールミーツボーイ的なファンタジーだったと思う。オチも覚えていない。

 だが、一応最後までは書き上げる事はできた。

 

 夏休み明け。

 作ったものを展示する場所に、分厚い原稿用紙の束が置かれた。

 何度も近所のコンビニに原稿用紙を買いに行き、書き上げた長編超大作。


 反響は、母と担任の先生からあった。

 物語の内容がどうこうよりも、それを私一人で書き上げたのが凄いと言ってくれた。


 私の処女作は、たぶんクラスメイトには読まれなかったと思う。

 ボリュームは言わずもがな、嫌われていたのも一因だったかもしれない。


 だがそれを、悔しいとは不思議と思わなかった。


 書き上げた事。

 形にできた事。

 それだけで良かった。

 書く事は楽しい。

 それで褒められたら嬉しい。

 卒業文集で将来の夢を聞かれ、私は、小説家と書いた。


 あれから20年。

 私はここで創作を続けている。

 

 見たいシーンを、聞きたい会話を。

 もたらされる不条理を、恐怖を。

 私が伝えたい、世界の美しさを。

 私が産んだ、登場人物たちが織りなしていく。


 小説家にはなれなくても、表現する喜びと楽しさは、あの時から決して色褪せない。



 

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【自主企画参加用】書きはじめの物語 望月ひなた @moonlight_walk

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