第3話最終回:それでも俺は彼女達を……彼女も守る

 バイトを始めたきっかけはお金がなかったから。

 産まれてから死ぬまで誰もが共通して生きる目的の一つ。


 ヤングケアラーだった私にとって非合法ひごうほうな稼ぎ方でも弱い者を採用さいようしてくれたあの人達に感謝していないわけじゃない。


 数えられないくらい心身しんしん共に大ケガをしている人達を見てきた。


 私の仕事は彼らの毒蜘蛛どくぐも適正てきせいがあるかどうかを調べること。


 採用してくれた人達は破綻はたんしていた。

 無理もない。

 変わらない人間の負の側面。

 そして国がかかえている課題。

 全部米国のあと追いばかりで先細さきほそるだけ。


 私もふくめて〝ちがい〟を受けとめて暮らしていくなんて生物である以上無理。


 でもあきらめたくなかった。

 誰も倒れた母を助けてくれない現実で生きていて、マスコミもただ取り上げるだけ。


 だから私を採用してくれた人達も家庭や暮らしがあるから問題点を記事にして売っているだけ。


 それが答えだ。

 会議はおどる、されどすすまず。

 どいつもこいつも誰かと話して盛り上がればそれでいい。


 他に売り方あるだろと客観的になれば分かっていても、人間はみにくさを本当の意味で肯定こうていできない。


 弱い生きものから進歩しない。

 もし進歩できるなんて幻想げんそうがあるのなら誰もケガ人をクモ怪人にして回復させ、用が終わったらいつか食べてなかったことにしようなんて恐ろしい考えは浮かばない。


 弱さを受け入れたところで好きに生きようとする方が人間らしいから。


 そこで出会った格闘技。

 私が好きになった格闘技はメジャーな方の格闘技ではなくて、ファンのSNSを調べても仲間は見つからなかった。


 一つ年上の男性ファイター。

 軒春違念のきはるぴゅいあ選手は2024年に別のジムに移籍いせきし、オーソドックス-右利き-のサウスポー-左利き-であまり出場しない双子の弟さんとは違う男らしい力と確実にダウンをねらえる時に繰り出すりが観客をわかせていて、SNSの使い方がちょっぴり下手な現代格闘家だった。


 


 彼が私のバイト先にあらわれるなんて!


 しかも精神疾患せいしんしっかんがあったことも。


 どうして隠すんだ!

 みんなが晴れやかな人生を送っていたらそれこそ怖すぎる。


 売るためには仕方ないし、私もヤングケアラーだったからあまり話したくない部分なのも。


 でも。

 あなたは全てを乗り越えたわけじゃないから戦っているのでしょう?


 こんなところにくる人じゃない。

 そんな感情が浮かんだ時に私は自分をせめた。


 ヤングケアラーだった筆水輝鏡ひとふでかでり

 そんな私も差別と区別をしてしまっている。


 きっと彼はわざと事故にあわされ運ばれた。

 憶測おくそくでしかないが彼とぶつかった車が一般人ではなく、上司達の連絡からして誰かからの圧力あつりょくがあったらしい話は聞いた。


 ほとんど願望がんぼうだった。

 そこへ怪人を作った青年とすれ違った時、残酷な真実をつげられた。


「いつもならだまって運ばれた人間のクモとしてふさわしい改良点をしゃべる君がただ筋肉の話をするなんて変だと思った。残念だが彼は前から目をつけていた。君と彼がどういう関係かは興味がない。もう遅いんだよ」


 こんな運命を経験するなら、私なんて産まれなければよかった!!


 あれから半年ち、軒春のきはる選手が治療を終えたあとに私は彼と話した。


 まだ彼は怪人になっていない。

 そこであの時運ばれた人達が『チラシ』として暴れていることも打ち明けた。


 彼は仲間達を止めると言い、私は彼に誘われたレストランを代金を渡して去っていった。


 それからバイトをやめようと考えながら受験勉強をしていた。


 女子高生も終わる。

 学園生活なんにもなかった。


輝鏡かでり……ごめんね……』


 


 なんなんだ一体。

 それならこれまで学んできたことなんて全部……。


 これ以上、言葉にできないくやしさを思い出していたらどうにかなってしまいそうだ。


『チラシ』の問題もやがて明るみになる。

 そうなれば上司じょうし達のマッチポンプがはじまる。


 私は罪をおかすことにした。

 上司達のスケジュールは管理しているから。

 馬鹿な人達。

 弱い人間だからってこきつかいすぎ。


 だからあの後、私はクモ怪人達のえさを用意するつもりで上司達の元へ向かった。


 元々汚れた手じゃないか。

 何をいまさら。


 そしてクモ怪人達への抑止力よくしりょくとなる薬剤やくざいを手に入れた。

 私が知らないと思ったか!


 そして彼へ渡す。

 選手として生きる彼ならとっくにクモ怪人としての姿を制御せいぎょしているはずだから。


 走りながら探知機たんちきに表示された軒春のきはる選手が戦っている。


 その先へ向かうと誰かとぶつかった。


 え? 軒春のきはる選手?

 いや合っているのは苗字だけか。


霧風きりい……選手? なんであなたが?」


「いやそれは俺のセリフだって。初対面で下の名前呼ばれるなんて。って選手? まじか。知名度が上がりにくいこの時代で兄の方ではなく俺の名前を呼ぶなんて。君は目の付け所が違うなあ」


「そ、それは間違いじゃない。でも用があるのは霧風きりい選手のお兄さん」


違念ぴゅいあ? あの地味人間? 俺の方が……って君がその手に持ってるのって」


 今度も運命のいたずらだった。

 タチが悪いのは霧風きりい選手が探偵として『チラシ』こと『クモびと事件』を追っていた事実。


「まさかとは思うけど違念ぴゅいあももう……」


 私は口にすることもなく、身体を動かしてサインすることもなかった。


「いや、とりあえず違念ぴゅいあがピンチってこと? どういう経緯けいいであれ事件はちゃんと追ってみせる。あいつのファンになった君の方がきっと辛いと思うから」


 お兄さんとは違う前向きさ。

 もしかしたら彼から何か学んだのかもしれない。

 彼も一つ歳上の19歳。


 いくら法で成人年齢があがったって何十年とひきずる記憶が多いから人間は弱いと結論があるじゃないか!


 私は何を期待している?

 それでも迷ってるひまは無い!


 探知機たんちき違念ぴゅいあ選手を追ってしばらくすると私に残酷な真実を伝えた彼が違念ぴゅいあと戦っていた。


「君はおどろかないんだ。もしかして何か知っている?」


「まずは違念ぴゅいあ選手を助けるのが先!」


 薬剤を霧風きりいに渡し、銃型の機械でたまにつめると相手のクモ怪人にヒットした。


 そして違念ぴゅいあ選手が勝った。

 彼らが戦う道の天井下てんじょうしたには人間の死体があった。


 彼は『チラシ』。

 違念ぴゅいあ選手と愚痴ぐちっていたから覚えている。


 私はクモ怪人回収装置で彼を吸いあげた。

 これで目立たない。


 あとは双子の兄弟が感動の再会で喜んでいる所から逃げるだけ。


輝鏡かでり! なんで逃げるんだ」


 何も知らない違念ぴゅいあ選手。

 もう巻き込みたくない。


 運命にふりまわされる人生なんてまっぴらごめんだ。


「もうチラシは産まれない。私が彼らを産んだ上司じょうし達をほうむったから」


 違念ぴゅいあ選手と霧風きりい選手は何も言わずに拳をふるわせていた。


「あとは私が高校卒業して全ての人生を使ってチラシ子達を回収する。あなたはもう仲間達と戦う必要はない。だからもう私に関わる必要はない!」


 バレたらもう終わり。

 これまでの暮らしは送れない。

 探偵に見られている以上は。


「俺はあの時の仲間達を助けるって決めた。大学も専門も行ってねえし、バイトとファイトマネーだけじゃ味気ないから。ってファンに言うことじゃねえか」


「何が言いたい?」


 違念ぴゅいあ選手は私のそばへ近づき、手を差し伸べた。


「俺ずっとヒマなんだ。霧風きりいには悪いけどクモびと関連の情報はここで俺を逃がした以上の報告はしないでくれ。ウソはついてないしな」


 待てと霧風きりい選手はとめる。


「高校卒業はさせてもらえる。それにあのアラサー達が簡単に君の手でやられたとは思えない。チラシ達が俺を覚えていたら殴りあって説得する。だから君も歩いてくれ! 俺も迷わない!」


 本気なんだ。

 あの時運ばれた人達全員を助けようなんて。

 さっき吸った死体になった彼と何かあったのか。


 本当。

 今の時代でこんな熱い人が同世代にいるなんて。


「探知機の動かし方を教えるから。チラシ達との戦いはすぐには終わらない」


「そりゃそうか。俺のこと覚えていない人やそれより前と後の人がいるし、アラサー達の横のつながりも無視できないよなあ」


「本当に止めるつもりでいる? あなたもクモ怪人なのに」


 彼はクモ怪人と呼ばれて冷静になった。

 何を考えている?


「クモ怪人って名は俺以外のチラシに言ってくれないか?」


「そこ? じゃあなんて呼べば?」


「クモの子アリク。アラクネーは人間の女性がクモになったやつだからさ。アリクなら男っぽいし。名刺めいし代わりにもなるし」


 なんであなたが選ばれたのだろう。

 でも上司じょうし達にはいい気味きみだ。


 精神疾患せいしんしっかんがあったからって油断ゆだんしすぎ。


 彼ならきっとやりとげる。

 だから私も逃げるわけにいかない!


 私と違念ぴゅいあ選手……クモの子アリクは終わらない戦いへ向かう。




───エピローグ・霧風きりいの仕事




 ったく面倒めんどうなことを俺にたのんでそれっきり。


 あの女子高生は卒業した頃か。


 クモびと事件は引き続き捜査中そうさちゅう


 確実に女子高生はクモびとを制作したスタッフの一員でトップを始末しまつした。


 それでもまだ暗躍している連中がいるのは確かだ。


 リングの上以外で戦うつもりは今でもない。


 探偵は探偵だ。

 自分の足でちゃんと証拠を集める。


 止めればよかった。

 違念ぴゅいあをちゃんと。


 いつも肝心かんじんなところでしくじっちまう。


 だから二人を必ず止める。

 俺も薬剤を研究して独自にクモびとと戦う。


「もう後悔はしない。何度でもお前を追う」


 そうだ。

 あの時とめたら違念ぴゅいあは俺をなぐっていた。

 手加減なしで。


 だったら次は俺がお前をぶん殴って目を覚まさせてやる。

 もうれ物扱いしないから……。


「家族や兄弟としてではなく、一人の人間として手伝わせてくれ!」


 今日も静かにクモびとは現れる。

 マイノリティってだけで人生をいじられるなんて許さない。


 だから

 探偵として。

 ファイターとして。

 違念ぴゅいあ達の理解者として。


【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クモの子アリク 釣ール @pixixy1O

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ