第2話:異変と制御と別れ

 俺の身体から感じる異変については女子高生・輝鏡かでりから説明を聞かされたとはいえ自分は『チラシ』なのだと考えるといつ変身するのか分からなくて怖い。


 活動家の本性ほんしょうなんて残酷なんだと実感じっかんする。


 自分は良くて人はだめ。

 金を使ってでも誰かを支配したい。


 だから世の中は平和にならない。


 そこで謎の場所に運ばれた時の記憶を少しだけ思い出した。


 今はもう『チラシ』になってしまっているかもしれない彼らの話。




───かつて彼らとした話



 俺達が事故やケガにあって話し合っている時間。


 彼らは俺よりも重症じゅうしょう治療ちりょうは運ばれた時もしっかりされていたものの、もうかつてのように動けない、走れない、しゃべれない。


 そういった先が見えない状態になっていた。


「お前はメンタル面をけずられているわりにあのおっさんに啖呵たんか切ったり丈夫じゃねえか」


「私達と比べれば社会復帰しゃかいふっきも早そうだし変な差別さべつをされることもすることなく私達と同じ被害者ひがいしゃとして代表になりそう」


「そうなったらこいつも俺達をいじめるかもしれねえぜ。社会やあのおっさん達がやっていたみたいに利用してくるかも」


 俺は何も言い返せなかった。

 彼らの味方にもなれず力にもなれない。

 ならなぜ俺はここに運ばれたんだ?


「やめろお前ら。そこの青年も好きでここに運ばれたわけじゃない。たとえ好きでここでやってきたとしてもおっさん達に敵意てきいを向けていた姿を俺たちに見せたってことは少なくとも悪いやつじゃないことはたしかだ」


 俺と同じ歳くらいの青年がやってきて場をおさめた。


「あ、ありがとう。俺、場違ばちがいなんだよな? ここのみんなとは別のスペースにうつるよ」


「待て。メンタル面に異常があると判断されてここに運ばれたってことは、君はたまたま事故にあっただけで前から精神面で悩みがあったんじゃないのか?」


 俺に悪口を言っていた彼らがいっせいにふりむく。


「別に隠してたわけじゃない。格闘技やってる間は平気なんだけど俺は精神疾患せいしんしっかんがあるんだ。上京じょうきょうしたのも田舎の心療内科しんりょうないかが嫌だったし、新しいジムへ移籍いせきして今はもう通院つういんしてない。あのいけ好かないおっさん達がどこかで確認したのかもな。ちょっとした事故にあっただけの俺を」


 青年は俺を歩きながらながめて観察していた。


「へえ。確かにこれは逸材いつざいだね」



──現在



 俺はかつては精神疾患せいしんしっかんがあった。


 今の時代でもみソングとかで話題になるだけでいまだに精神疾患せいしんしっかん差別さべつ対象たいしょうだ。


 プロ格闘家としてリングに上がっている時も田舎出身いなかしゅっしんで高校生だったから、まだ海外のファイターと戦ってなくて他のジムの国内ファイターからも馬鹿にされた。


「お前頭おかしいんだって?」


んだ格闘家なんかにダウンもらうわけがねえ」


「どうせ設定だ。それとなんらかの恩恵おんけいが欲しいんだろうぜ」


 そいつら


 その時の経験がなかったら回復しなかったかもしれない。

 精神疾患せいしんしっかんをかかえながら一人コアな格闘技ファンや団体、海外、選手達から馬鹿にされて格闘家をやっている方がいたから俺は助かった。


 俺はその時で全ての運を使い果たし、今では『チラシ』になってもおかしくない異変いへんがずっとつきまとっている。


 メンタル面でずっと不調ふちょうだったからかこの程度ていどならどうとでもなった。


 ただ『チラシ』達はどうなのだろうか。


 そもそも『チラシ』達が暴れているのに誰も彼もがいつも通りの暮らしをしている。


「結局みんな自分が全てか」


 その状態が健全に見えるだけ。

 知っているつもりでも分からないことだらけだ。


『チラシ』達も馬鹿じゃないか。


 息をひそめて活動する。

 精神疾患せいしんしっかんになっても誰も助けてくれなかった学生時代を思い出す。


 だからかな。

 もし『チラシ』達に出会ったらちゃんと向き合って話してみたい。


 前運ばれた場所にいた人達とも特に会話ができなかったからなおさら。


「きゃああぁぁぁぁぁ」


 おっと。

 ベタな悲鳴ひめい


 身体の異変いへんは気になるがまずは助けないと。


「まさか悲鳴ひめいの先にチラシがいる……なんて……まじかよ!」


 二足歩行の怪人。

 クモの特徴とくちょう


 俺は悲鳴ひめいの主だった女性を逃がし、クモ怪人と戦った。


「本当にお前らあの時にいたケガ人かよ。俺のほほをぶんなぐりやがって」


 そうだ。

 忘れたつもりはない。


 


 俺が治療ちりょうされているあいだにもっと身体をいじられたかもしれない。


 金稼ぎと特殊性癖とくしゅせいへきを満たすだけのアラサー達に!


 それだけじゃない。

 人間より強くなっているからってプロ格闘家の顔に正確なパンチを真正面からあたえられるなんて。


 ありとあらゆる反応が人間離れしている。


「お前らそんなに人間が嫌かよ。なんなら俺がお前らをさそって入会させれば日本格闘技界を救えるかもな。ま、冗談じょうだんだよ」


 クモ怪人の攻撃は油断ゆだんできない。

 つめなのかきばなのか分からない腕からの攻撃とたまに飛んでくる糸の技が理不尽りふじんに俺を捕まえようとする。


「さっきから話し合いに持ち込もうとしているのにそんなにカリカリすんなよ。俺は確かにお前らとは境遇きょうぐうもかかえているものもちが……」


 まじか。

 腹ににぶい音がした。

 打撃技だげきわざもあったが打撃だげきじゃない。

 おまけで武器の攻撃があった。


 でも腹筋で耐えられる痛み。

 問題はそこから鉄に近いつめがのびていてあと一秒でもよけるのが遅れていたら死んでいた。


「お前ら、本気で殺すつもりなのか」


「アタリマエダ。ゴタイマンゾクデ、セイシンモミタサレテイルイルナラ〝コロス〟ニキマッテルジャナイカ」


 じゃあ止めるしかないな。


「俺だって何度か誰かに当たったさ。当たりそうにも。だから安心して俺にぶつけてこい」


 ここまで余裕ぶっこいていたが異変いへんがおさまらなかった。


 今のところ『チラシ』達が現れなければ俺の異変いへん違和感いわかんのまま生活出来る。


 そして『チラシ』にあっても人間のまま戦うことも可能。


「まさか特撮ってフィクションみたいにクモ怪人相手に……って俺もクモなんだよな。そういえば」


 格闘家といえば首の骨をならす。

 こぶしの骨をならす。


 もうオシャレな格闘家が増えたからそういう野生児っぽいの流行はやらないって同じ格闘家で双子の弟にも言われた。


 なら俺は好きな方を選ぶ。

 相手は少しだけ毒をはきあって話した仲間だしな。

 相手に俺の記憶があるかは知らないが。


「さっ。同じクモ怪人になった。俺は普通にしゃべれるのか」


 素人しろうととプロの差は明らかだった。


 いくら怪人でも戦い方の質が違う。

 急所は少し攻撃し、変身を解除する方法を探っていた。

 俺も元の姿に戻る方法が分からないから戦いではなく怪人から人間に戻るチェックになってしまったが。


「クソッ。アイカワラズメンタル面にむかし何かあったとは思えない動きだぜ」


 やっと戻ったか。

 どうやら弱ると元に戻るらしい。

 しかも服までちゃんと。


 俺の場合は手術方法が違う可能性があったからまだ分からなかったが怪人から人間には戻っていない。


 ためしに軽くシャドーをして身体を疲れさせてみたらちょっとずつ元の人間の姿に戻れた。

 服もか。


 特撮ってフィクションは意外とリアルなのかもしれない。

 仲間との再会に成功した今となってはどうでもいいか。


「人間に戻って話せる方がいい。久しぶり」


「あんたも怪人になれたのか。さっきの動きでなぜあんたが怪人にされたのか分かったよ」


 選ばれし者。

 悪い意味で。

 悪口好きの彼のことだ。

 そう考えているかもしれない。


「おっさん達の所でバイトしている女子高生から話は聞いた。他のチラシはどこだ? まだ誰も殺したりしてないよな?」


 彼はため息を他の方向へはいて立ち上がった。


「俺達は人間嫌いだ。もうとっくに罪をおかしている。あんたみたいに誰もが丈夫じょうぶじゃない」


「俺も信じろとはいってない。精神疾患せいしんしっかんがあったのも過去の話だ。だからって健全な身体じゃねえ。たとえ俺が怪人じゃなかったとしても。そもそもいつの時代も健康な身体のやつなんていない」


 彼は少しだけ俺の方をむいてくれた。

 それでも胸ぐらをつかまれた。


綺麗事きれいごとで説得しなかったことに関してはほめてやる。でもな、俺達は選ばれたんじゃなく捨てられたから怪人になった」


 そして俺も彼の胸ぐらをつかむ。


「なら俺がチラシにお前らのストレスを受けきってやる。誰も助けてくれない世界で俺は一人上京した。だからといって不幸だったり不運な人間が世界中にどれだけいたって分かりあえないくらい経験してんだよ! でも、俺がお前らを見捨てるわけないだろ!」


 彼が俺をつかんでいた腕をはなした。


「プロ格闘家の力でどうにかなることじゃないだろ? 馬鹿かあんた」


「だからプロ格闘家として助けるなんて言ってない。俺達マイノリティだけでもつるもうぜ。正直上京してから友達あんまりいないし。そこで怪人になってむかし精神疾患せいしんしっかんだったこと知ってるやつもほとんどいない。お前は俺よりかしこいならここで組んだ方が楽だぜ?」


 馬鹿みたいなやり取りだった。

 こぶしつめとのやり取りでおかしくなったのかもしれない。


 もう精神疾患せいしんしっかんどころか人間じゃないかもしれないのに。


 彼は路地裏で馬鹿笑いした。


「久しぶりに笑ったよ。確かにそうだ。でもいいのか。もう俺達はまともな道は歩けないかもしれないのに」


「だからまともとか気にすんな。現代を生きている奴らでまともなやついるか? 魔法が題材の四寮よんりょうある学園洋画でも変人だらけなのにあんなに面白いんだから」


 俺も意味不明な会話をして二人で何事もなくこの場を去ろうとした。


 すると赤い光が彼の胸をつらぬいた。


 何も言わない彼は目を開けたまま倒れる。

 うそだろ?

 頭には何も言葉が浮かばず、立ちつくすだけだった。


「ヤハリ君ハ選バレタ怪人トシテ作ラレタカ」


 声のする方へ俺はジャンプし、いつの間にか怪人になっていた。


 相手もただの怪人じゃない。

 俺の攻撃を受け止めている。

 殺気さっきはちゃんと隠していたのに!

 声の主はむかし見た青年の姿に戻った。


「久しぶり。精神疾患せいしんしっかん克服こくふくしたおめでたい人」


 いつの間にか怪人の姿でもほどけない糸にからまれていた。


「チラシ達と分かりあえるなんてずいぶんとフィクションに影響されているんだね。僕を見て仲間になろうとはもう考えていないよね?」


「くそ。てめえ! なんであいつを!」


人工毒蜘蛛計画じんこうどくぐもけいかく外来種がいらいしゅのクモと人生をあきらめた人間の食文化を変える実験。怪人になれば外来種がいらいしゅのクモとしてあつかわれ、生きることに執着しゅうちゃくするしかない人間のエサにできる。僕達は人間嫌いだから反撃として怪人となり、人間を始末しまつしても罪にとわれない」


 何をむちゃくちゃな。

 生活に影響が出るケガをした人間をなんだと思っている!


「話を短くしてくれないか? ろくでもない理由で俺達を利用しているだけなんだからさ」


 青年は動けない俺を前にまだ話を続ける。


「怪人になれば食糧問題しょくりょうもんだいも解決さ。安楽死あんらくしは現実的じゃないし、強い身体を手に入れて人間への復讐ふくしゅうが終わればチラシ子どうしで共食いをして強い怪人が生き残る。そうすれば僕も住みやすい世界を楽しめるからねえ」


 だから仲良くなろうとした彼を殺したのか。

 気がつけば彼の死体がない。


「彼の死体なら有効活用ゆうこうかつようされるよ」


 観察は相変わらずか。

 だから反撃はんげきできない!


「これからめぐまれた者が生き残りをかけて人間を滅ぼしあう世界になる。君達はまだ弱い者として……いや、君は違うか。ともかく仲間が出来て安心かもしれない。でも、いつか仲間は仲間を食らう。仮の話をしよう。怪人にならず人間として暮らしても。いずれ奪いあう。人間だったとしても!」


 はは。

 そうかもな。


 俺もそれで勝ち続け、負けては精神疾患せいしんしっかんに涙した。


 友達を助けられず誰かに食われるなんて初めてだ。


 もしかしたら俺は自分を強者きょうしゃだって勘違かんちがいしていたのかな。


 なら俺は……


「ここで負けるわけねえだろ」


「なんだって?」


「あんたより弱く作られた怪人だとしても、俺はあんたに負ける気はしない!」


 怪人となって糸をほどき、奴の顔に拳をめりこませた。


「ふっふっふっハッハッハ。特別ナノハ君ダケジャナイ!」


「じゃあお前は小細工こざいくしていいから好きに俺に殴らせろ! ダチのかたきだ!」


 だからってほんとに小細工こざいくさせてたまるか!


 奴の身体からありとあらゆる危ない部位を破壊しようと何度も殴っては反撃を受ける。


 このままだったら負けるかもしれない。

 仲間達は死にたかったかもしれない。

 俺もプロ格闘家だから身体面の不安はいつでもつきまとう。


 でもそれは社会がマイノリティを許していないから。

 世界は俺達に優しくない。


 だからこそ俺は彼らの力になりたい。

 一人だけじゃどうにもできないから。


 だから、だからここで倒れるわけにはいかない!


「ふせろ違念ぴゅいあ!」


 この声は?

 まあいい。

 俺は声の通りにふせ、奴に銃弾じゅうだんがめりこんだ。


「ナゼダ! モウ、対策タイサクサレテイタノカ? 人間ゴトキニ!」


「そうやってなんでも見下すから計画がくるうんだ。ここで俺がお前に引導いんどうを渡す!」


 油断ゆだんはせず、奴へ何度も攻撃して倒すことに成功した。


 言いたいことは山のようにあった。

 その前にへ感謝をしよう。


霧風きりい。まさかお前が助けてくれるとは」


違念ぴゅいあがクモびとの一人ってのはショックだけど、結果的に事件解決に役立ってくれて感謝するよ」


「ところでお前の言うクモびと、俺の友が倒れていた死体があったはずだ。行方ゆくえはしらないか?」


 霧風きりいは何も知らないと首を横にふる。


「女子高生が片付けていた。だから不審ふしんに思ってここを一人で探していたら違念ぴゅいあつかまっていてクモびとになっていて……ってもっとこっちの感情に気にしてくれ。ほんとマイペースになったよなあお前は!」


 謎が謎を呼ぶ。

 女子高生?


 まさか?



──恵まれた者は死に、満たされない者になりかわる


 文章とエコーチェンバーで成り上がったアラサー達はインターネットを上手く利用したつもりで足元を見ることが出来ず、どこにでもいる女子高生に始末しまつされてしまいました。


 パワハラとか知らない世代とは思わなかったからこれも正当防衛せいとうぼうえいかな。


 怪人あのこたちに食わせてしまおう。


 まさかただの人間のままでバイト先の上司じょうし達を倒せるなんて。


「格闘家さんはどうしているかな」


 きっと幹部かんぶの青年が倒してしまっている。

 その手筈てはずだ。


 緊急連絡先に幹部かんぶの青年からメッセージが届いた。


「人生は思う通りにいかない。あなたが証明しょうめいしてしまったか」


 彼一人の力じゃない。

 そこまではなんとなく。


 確かめに行こうか。

 推している格闘家かれの元へ。


3話へ続く。

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