クモの子アリク

釣ール

第1話:大多数の幸せに俺達は選ばれなかった

 権威けんいは誰も助けない。

 ポスターにフ○〇クしてやったよ。指で。


 どんな一日だよまったく。


 軒春違念のきはるぴゅいあは今も治療中ちりょうちゅうの仲間たちを考えながら外の世界で空気を吸っている。


「ふう」


 息をはくと白い息がう。

 もう12月か。



さかのぼること半年前



 上京じょうきょうしてすぐに俺は事故にあった。


 奇跡だったが身体になにか大きなケガはなかった。


 ただし俺は医者の勝手でメンタルに異常があると決めつけられて運び込まれた。


 今考えればあれが医者だったのか分からない。

 他の医者とちがった服装ふくそうだったから。


 運ばれた場所には他にケガをした若者達がいて、ふるえていた。


「ここに運び込まれてほとんど無傷むきず?」


「精神になにかあるのかも。もっともどんな理由であれ私たちはここに運ばれる運命だけど」


 俺は彼らの言っている内容がはじめは理解できなかった。


「俺はどこも異常がない! それなのにあいつらは俺のメンタルに何かあると決めつけている!」


 すると女子高校生くらいの人が俺の肩をさわる。


「肩のこわばり方が一般人とはちがう。格闘家? あなたは?」


 彼女は一発で俺が過去で何をやっていたかみぬいた。


「怖いなあ。じゃあ俺、メンタルになにかあるのかな」


 そばでケガをしている若者が舌打したうちをした。


「女の子に気をつかわれれば態度たいど変えるのかよ。くそが」


 なんだか嫌な空気だ。

 はやくここから出してほしい。


「さあ医者の介入かいにゅうはここまで。俺たちギリギリ二十代のおっさん達が楽をするためにお前らを改良かいりょうするよ」


 いつの間にか彼女は消え、俺たちの前にアラサーらしきおっさんが二人現れた。


「俺たちに何をするつもりだ!」


 他のケガをした若者達に変わって俺はおっさん達に立ち向かった。


「俺たちだけがやっと楽に金を稼げる基盤きばんができたんだ。ニートじゃどこからもお金が入らないし、上京してフリーター生活してもつまらないからいつでも隠居いんきょできるようにインターネットで自分を切り売りしてそこでも小遣こづかい稼ぎができるくらいには考えて文章を投稿しているさ。小説もいつかやりたいしな」


「クズかあんたら。それと俺たちをここに運んだ理由はなんだ?」


 アラサーたちはこの世が存在しない幸せを求める構造こうぞうを利用してSNSかなにか使って金を稼いでることだけは分かった。


 問題はそれだけの人間が医者からなにか任せられるわけがないってところ。


「つい最近事故じこったろ? それだけなら見逃したが君はかなり使える肉体だ。俺たちおっさんに味方してくれる医者の仲間がお前らをほしがってるんだってさ」


 そこから俺の記憶はなくなっていた。


 気がついたら俺はメンタルケアをさせられていて、半年間の治療ですんだ。


 あの時運び込まれた若者達について聞いても誰も答えてくれない違和感いわかんをそのままに。


 掘り下げたらまた治療ちりょうがのびると考えた俺はそのまま無視したふりをしてきた。


 そして現在。

 12月になって解放かいほうされた俺は少し身体に変な感覚があり、コンビニのトイレへむかった。

 そこには鏡がなかったので公園まで歩いてトイレの鏡を見た。


 見た目には変化がない。

 それなのにまるで何かが自分の中で動いているような感覚はなんなんだ?


治療ちりょうおめでとう」


 聞いた事がある声だ。

 しかも半年前に。


「君は……あの時の女の子?」


「そのせつはどうも。インターネットで格闘技を初めて観て、あなたを応援した時からただものじゃないと思っていたけど。まさか半年で外へ出られるなんて」


 彼女は一体なんなんだ?

 しかもこんな公園にやってくるなんて。


「受験の悩みがあって。高校生活最後になるからバイトしていたらあなたが事故にあって例の場所で出会った。そこまでは記憶はある?」


「ある。だから君と話せてるじゃないか」


「よかった。受験の悩みを頼もしい格闘家のあなたに聞くそれまでに、今あなたが感じている異変について話そうかなと思って」


 彼女は2024年で高校三年生の女の子。輝鏡かでり


 軽いバイトのつもりでケガをした若者達を集める仕事を二十代後半のおっさん達にたのまれたらしい。


 若者達を集めた理由はおっさん達の仲間にいた医者が生きづらい社会を変えるためにSNSに近いブログで収益しゅうえきを得ながら社会で認められなかった発信力があるアラサー達や賛同者さんどうしゃを集めて思想をかためていた。


「インターネットでは若者のためにとか、お年寄りのためにとか、労働が政治がどうのとかよくみんながあえて口にしないことを解決策があるかのように文章を書いて動画配信もしている勢力に過ぎなかった。でも私はそんなアラサーたちのうったえを無視できない。なぜなら私もヤングケアラーだった」


 彼女は俺の前で涙を流し、それでも無表情で話を続けた。


「不満はあった。でも私はお母さんを支えたくて学費がくひも考えてバイトと勉強を両立させた。社会からみれば私は可哀想かわいそうで不幸せな人間。誰も助けてくれないくせに高いバイト代を渡してくれるあの人達はありがたかった。そんな母ももうこの世にいない。それでも単位をとって卒業も決まった。進路も決まっている」


 俺は興奮こうふんする彼女をかかえ、近くのレストランへむかった。


「君はあのおっさん達の部下で、俺が今感じている異変の正体を知っている。なら君は俺が守る。異変を知りたいからじゃない。君より1年先に産まれた男として話を聞きたいから」


 彼女はレストランであまりメニューをたのまず、コーヒーをすすりながら話をしてくれた。


 アラサー達が俺達にやっていたのは弱者救済じゃくしゃきゅうさいとは名ばかりの典型的てんけいてきな金稼ぎと倫理感りんりかんのない実験だった。


 自分達が楽をするために、自分達に賛同さんどうしなかった若者達にケガをさせおいつめてある実験に巻き込み復讐ふくしゅうしていたらしい。


「チラシ子?」


人工毒蜘蛛計画じんこうどくぐもけいかく。あなたはまったく彼らがインターネットでやっている活動は知らない。でも無理やり事故に合わせられた。あなたの格闘家としてやどるセンスは世界ではランカーにならないと言われていても計画において及第点きゅうだいてんの強さがある。」


『チラシ


 どうやらあの時に運ばれた場所で話した若者達は今、『チラシ』とよばれる怪人になっているらしい。


 そして俺も。


「どうしてこんなことを?」


 不景気だから起こってしまったのか。

 結局人間が考える幸せなんて誰かに責任をおしつけ搾取さくしゅし、マウントをとることしかないのか。


 こんなひどい実験までして。


 輝鏡かでりは誰にも聞かれないように注意して全てを話してくれた。


「チラシは二足歩行のクモ怪人。あなたは異変に気がついただけで怪人にはなっていない。チラシが暴れるのを見て彼らはまたインターネットで誰も助けない記事を書いて金を稼ぐでしょうね」


 そこまで打ち明けても彼女はあのバイトを続けるかもしれない。


 せっかく俺のファンが出来て、しかも女子高生。こうして相談までしてくれているのに!


 誰かの視線が気になるほど自分がもうこの世界では怪人なのだとウワサされている気がした。


 半年間の回復は奇跡的なものではなくてただの計画。

 チラシ子として何か行動をすれば俺は排除はいじょされる。


 少ししか話していなくて覚えている記憶も少ないな仲間達でさえも。


「俺がチラシになった彼らを助ける。君は悪いけどだまっていてほしい。でも君も俺が守る」


 輝鏡かでりはおじぎをしてから自分が注文したメニューの代金を渡してレストランを後にした。


 チラシ

 俺もその一人というわけか。

 まさか上京してこんな事件に巻き込まれるなんて。


 人間としての尊厳そんげんを取り戻すために、俺は戦うことを決めた。




──弟はつらいよ




 ほぼ行方不明になった双子の兄、軒春違念のきはるぴゅいあを探すために探偵として働く19歳男性の弟・霧風きりいは関東で起きた『クモびと事件』を追っていた。


 クモびとはフィクション……特撮とくさつに一時期出ていたクモ怪人に人間が変身する事件だ。


 ケガの治療から帰ってきた霧風きりい達と同じ若者達がある日突然、人間に牙をむける事件が勃発ぼっぱつ


 それから行方をくらませていて、警察だけじゃ人手が足りず探偵にまで助けを求められていた。


 霧風きりい違念ぴゅいあと一緒にプロ格闘家で探偵を兼任けんにんしながらリングの上で戦っていた。


 クモびと事件が認識された2024年10月から12月現在。


 他の情報屋から目をつけられているインターネットで活動を続けている弱者救済じゃくしゃきゅうさいをうたう連中。


 そして半年前から連絡がない兄・違念ぴゅいあとの関係。


「絶対関係ないって確信持つまでお前の無実を証明するからな! 俺たち仲は良い双子のはずだからさ」


 頼む。

 神や仏なんていないならそれでいい。

 でも神や仏が元人間なら俺の予感を外してくれ!



2話へ続く。

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