億り人の告白
ミチタリン
億り人の告白【エッセイ】
やぁ。
ここで出逢ったからには、身の上話を一つ。
自己紹介の代わりに聞いていってほしい。
何、大した話ではないよ。
ただの重大な、お金と、呪いと、幸福に纏わるお話さ。
投機の世界に、流星の如く定期的に現れては、
一瞬で燃えて消えていく儚き存在。
通称『億り人』。
聞いたことくらいはあるだろう?
その一人が辿った、とある愚かな旅路と、末路。
毒にも薬にも、蜜の味にもなる程度の、物語さ。
【一章:なろうかよ】
黄金を掘り当てたオロカモノの末路を語る前に、
まずはそいつの人生の成り立ちについて、軽く話そう。
ミチタリンとは、何者なのか?
ダイジェストでお送りするから、安心してくれ。
二転三転、七転八倒、翻弄され続ける人生。
最初の大きな一転は、僕が10代の時に起きた。
一般的な村人だったはずのミチタリンが
『気付いたらデカい会社の御曹司になっていた』
んだ。
よくある小説のタイトルみたいだろう?
ノンフィクションさ。
事実っぽい虚構、独特の香りってあるよね?
焼いて膨らんだ、中身のない砂糖菓子みたいな。
好きなんだ、ああいう香り。
「盛り」の香りとでもいおうか。
だから、今回は少しだけ残念。
この物語は「ただの事実」です。
実在の人物・団体とは、一切合切関係しています。
さて、では、元は一般村人だったはずのミチタ。
なぜ御曹司なんてものに転生してしまったのか?
ミチタが中学生の時に父親が独立開業して、
『年商170億・社員300人以上の超中企業』
に一代で育てあげてしまったからに他ならない。
自分が始めた会社がまさかこんなになろうとは
起業した当人すら、想像もしていなかった話だ。
この規模となっては、社員の生活とかを守る為に
当然、事業を承継しなければならんのだってさ。
うちの家業の界隈はタチの悪いことに、
誰も彼もが、血族を神聖視するという、
大昔の村みたいな、古びた世界観でできていた。
そこで、一人っ子の僕に白羽の矢が立ったのでした。
ちょっと待て。
まずね。「白羽の矢が立つ」というのはだね。
『神への生贄として選ばれた巫女の家の屋根に、白羽の破魔の矢が刺し立てられていた』
という、神聖な由緒ある諺なわけなんですよね。
なれば本来、白羽の矢が立つ資格を持つ存在とは...?
神に選ばれし特別な巫女のみであろうよ。
ボクは巫女ではないよ。念の為。
巫女をこよなく崇めて奉る側の陣営さ。
二代目経営者?無茶なことを仰りなさんな。
最強系の主人公じゃないんだ。
巨人の子が皆巨人ならよかったんだけどな。
すまんな。
でもね。
これは、父さんが始めた物語だからさ。
そういうわけで。
自由の翼を求めて、僕は逃走した。
【二章:社会不適合】
さて、グレートエスケープしたはいいものの、
どうやって生存していけばいいものか。
実は僕には、致命的な弱点があった。
時間の感覚だとか、集団内での協調性だとか、
人間社会における重要なものが欠落していて、
そもそも人生ってものに向いてない人間だったんだ。
だってさ。
月曜の朝はジャンプを立ち読まなければならない。
水曜の朝はマガジンを立ち読まなければならない。
コンビニで立ち読みをしたからには?
何かしらおやつでも買わなければ道理が通らない。
美味しそうなおやつは吟味して買わねばならない。
どう足掻いても、午前の授業なんぞ間に合わない。
中学・高校時代のルーティンがこんな感じ。
大学生になると案の定、
徹底的に社会のレールを、踏んで外して転げ落ちる。
入学式の日のこと。
入試成績一位で代表挨拶する予定だった男が
土壇場でバックレかまして、職員の皆様は大慌て。
次点のミチタに急遽、代役の命が下った。
ナニコレ?
このグダグダな儀式、やる意味ある?
とは内心思いながらも、空気を読めるミチタ。
心にもない模範的な理想論を余裕で喋り倒す。
きっと先祖の誰かが、宗教家だったんだ。
そして見事、学生の模範を天下に示し終えた後。
「成績が実質一位なので、ご褒美があります」
とお呼び出しされました。
何?実質一位って。
最高にいらん称号つけんでもろて。
しかし話を聞いてみると、何と素晴らしいことか。
返さなくていいという『心優しき奨学金』を
プレゼントしてくれるというのである。
(金持ってる大学ってスゲー!)
後日、心優しき目をしたおじさんが、
「有意義に使ってください」という顔をして、
分厚い封筒をどさりと、手渡しでくれた。
振り込みじゃないんかい。
これ持って帰れってか?危ねぇだろうが…
とは内心思いながらも、空気を読める漢、ミチタ。
「みなまで言いなさるな、心優しき人」
という顔をして、
心優しき奨学金を、しかと受け取りました。
大学とは『大いなる学問』を求める者が集う場所。
その新芽として相応しい富の使い方を見せてみよ。
そういうことだろう?
多くを語らずとも。
聡明なるミチタリンは全てを悟り。
真実の理解に至ることができたのでした。
そして一学期の終わりを迎える前に、
FXで全額吹き飛ばしました。
……????
一体、何が起こったのだ…?
世界がフリーズして、禿げて、溶けていく。
心優しきお金は、消えてなくなってしまいました。
マジかよ…
こっちは金融覚えたばかりの未来有望な学生やぞ。
お構いなく、容赦なく、富を収奪していくなんて…
こんなことがまかり通るとでもいうのか。
資本主義とは、これほどまでに残酷な世界なのか?
そんな、そんなことって…
…
…実に面白いじゃないかい。
ボクは既に市場の虜に落ちていたらしい。
だってほら、見てくださいよ。
群集の欲望を丸裸に晒し出すロウソク型のグラフ。
数多の数学者や投機家が考案した芸術的な統計法。
不規則な確率、幾何学模様が交るチャートの世界。
何と美しいことか…
まるで宇宙さ。
そして同時に、何と滑稽なことか。
想像してみてくれ。
人類の中でもトップレベルの頭脳が集う金融界。
そこに鎮座するダンディなオトナ達までもが、
この芸術的にバカみたいなマネーゲームに熱狂し、
狂喜乱舞して喚き散らかしている姿を。
憐れを通り越して、もはや愛おしかろう?
マネーとは、それほどまでに人を魅了するものか?
偉人の絵が描かれただけの、印刷可能な紙切れが?
金。金。金。金ってのは…腹の足しになるのかい?
紙切れに価値があると信じて、ピエロ達が踊る。
この巨大な共有幻想のカジノ。
オーナー達と、ディーラー達は、何処へ行った…?
問いは階段を降りるように。
深層へ、真相へと。
基軸通貨ドルを発行する米国の中央銀行の株主は、
民間企業で構成されている。政府ではない。何で?
政府からの独立性の維持の為?なるほどなぁ…?
嘘は吐かず。本音は吐かず。お洒落だね。
正直に言ってごらん。
「通貨発行権一つあれば、王様なんぞ誰でもいい」
って。
あ、言ってるやついたわ。
流石は天下の初代ロスチャイルド。面構えが違う。
まぁ、そりゃそういう気分にもなるよな。
だって王族だろうが、貴族だろうが、豪族だろうが
金がなければ何もできない。動かせない。
そんな風に、通貨が魔力を持つ世界において
印刷代10セントから1ドル札を生む、錬金の権利。
権力者達をピエロに変えて踊らせる、黄金の魔法。
チートである。
天下無双は、さぞかし気持ちよかったことだろう。
そういえば、リンカーンやケネディは、どうして暗殺されてしまったんだろうね?
不思議だね。でも墓を暴くのはよしておこう。
兎に角、貨幣経済という名の巨大な幻想カジノにも
当然、オーナーとかディーラーはいたわけである。
なるほどな。
なるほどな。
…
こうしてミチタは、お金の本質を探究するという
「大いなる学問」へと没頭していったのでした。
さて。
かなり話が脱線しているようだから、そろそろ帰ろうじゃないか。
話も社会のレールも脱線する癖が治せないミチタ。
人間社会に適合できるのか否か?
そんなもん、社会に進撃するまでもなく明白でありました。
当然、就活という選択肢は思いつきもしないよ。
だって時間の感覚が欠落しているんだよ。
アルバイトすら容易には務まりますまい。
ミチタがご飯を食べていく方法は最初から
「個人事業 一択」しかなかったのです。
ゴーストライターをやりました。
アフィリエイターをやりました。
イラストレーターをやりました。
ノニジュース売りもやったっけ。
インターネットという偉大な文明のおかげで
幸い、生活には困らなかった。
家業の話はとりあえず先延ばしにしておこう。
そんな心持ちで、不適合者なりの生き方で
自由業をしながら漂っていた。
そして突如訪れた運命の日。
一人の人間の人生が黄金期を迎え、そして滅亡する
「皮肉な事故」が起こったのです。
【三章:黄金の呪い】
どデカい家業の後継者を迫られるも拒み続け、
クラゲのように自由業で食い漂っていたミチタ。
何事もなければ、ずっと漂っていられただろう。
しかし、何事もあるものさ。
ある日起きた皮肉な事故。
『暗号通貨のバブル』である。
富・名声・力。
何一つ持たない謎の匿名人物、サトシナカモト。
彼が放った論文は技術者を未来へと駆り立てた。
「暗号通貨。コイツは銀行などの余計な仲介者を必要とせず、国家権力すらも介在させずに、取引や蓄財を可能にする。開発しろ!経済の自由をそこに置いてきた」
新しい通貨を作る者。新しいシステムを作る者。
新しい時代のWebの形を模索する者達…
世はまさに『非・中央集権時代』
を迎えつつあった…
正体不明の反権力者たちによって、
突如、世界にばら撒かれた『デジタルの黄金』?
実に神秘的な話ではないかい。
そういうミステリーにボクは弱いのです。
それにしてもサトシ。何という発明をしたことか。
途上国には、未だ銀行口座を持てない人が沢山いる。
先進国には、国際送金の愚鈍さに悩む人が沢山いる。
暗号通貨は「銀行」を必要としない。早い。安い。
このテクノロジーに、需要がないはずがない。
純粋な好奇心と、不純な金銭動機。
将来性の匂いを嗅ぎ取ったミチタはひっそりと
暗号通貨をコレクションしていたってわけさ。
そして、きたる運命の年。
アメリカを起点として、大量の投機マネーが
暗号通貨市場に流入し、バブルが発生。
コロナでズタボロになった経済への応急処置として
各国が大量にマネーを刷っていた時期だった。
行き場を探すギャンブルマネーが、
暗号通貨市場になだれ込んできたわけです。
しかしこれは…時期尚早が過ぎる。
暗号通貨自体の性能や技術が突然飛躍した、
なんて事件は勿論起こってない。
価格の裏付けとなる実態は、まだ何もないのである。
だから技術者たちはこの熱狂を、冷ややかな目で眺めていたことだろう。
ギャーギャー騒いでるのは投機家たちだけ。
それだけで、瞬く間に、馬鹿みたいな値段がついていった。
17世紀オランダのチューリップバブルに始まり。
石油バブル、土地バブル、債券バブル、ITバブル...
そして今度は「電子」のバブルというわけかい。
愚者の、愚者による、愚者のためのお祭騒ぎ。
品だけを変えて繰り返す、資本主義のお家芸。
飽きないもんかね。
僕が二束三文で収集した通貨はどれもこれも、
数百倍の価格にまで高騰してしまい、
図らずも、何億り人かになってしまったのでした。
図らずもね…
とにもかくにも。
税金を差っ引いても、一生暮らせるほどの大金が。
突然、手元に転がり込んできてしまったわけです。
何の偉業を成し遂げたわけでもありんせん。
あっしの懐に一生涯分の銭など入ってくる道理が、
一体どこにありましょうや?
技術への小さな支援はしたのかもしれませんが
一生食うに値する善徳とは、到底いわんでしょう。
行為と果実の天秤が、ぶっ壊れてありんす。
そしてミチタの頭も、ぶっ壊れていました。
まぁこんなの、宝くじに当たってしまったのと同じ
転落確定イベントとして有名な事故なんだけどな...
器を超えた金銭が急に手元に転がり込んでくると、
人は頭がおかしくなるって話は、本当なのさ。
宝くじというのはね。
当たってしまった人自身、その『呪いの逸話』のことを、
重々承知しているものなんだよ。
そりゃそうでしょう。
他人事じゃなくて、自分事になったわけだから。
「道理なき幸運は程なくして清算される」
という宇宙の法則を、わかっているのです。
いつその日が来るか、怯えさえするほどに。
だから何事もない顔で今まで通りに振る舞い、
息を潜めるように、気をつけているんだよ。
実際にはね。
でも、駄目です。
『法則』からは逃げられません。
器に合わない金を手にしてしまった時点で
顕在意識では冷静を保っているつもりでも
無意識はその状況に「嫌悪感」を抱き続ける。
「私がこんなにお金持ちなはずがない」と。
手放すように手放すように、脳は働き続ける。
それが叶うまで、静かに冷静に、狂っていく。
黄金を手にした人間が勝手に狂うのか。
黄金が相応しくない持ち主を呪うのか。
どっちなんだろうね?
多分、どっちもなんだろう。
さて、見事 黄金の山を掘り当てたオロカモノ。
彼は果たして、幸福になれたのでしょうか。
昼と夜は入れ替わり、日々が過ぎていきました。
モニタに嚙り付いて、残高を増やすだけの日々。
金が増えて金が増えて、金が増えていきました。
意味もなく無駄金を、湯水のように使いました。
一人で毎日のように、お高いお店で食べました。
バカみたいに酒を飲み、帰れば全部吐きました。
だんだん外食に出ることさえ面倒になりました。
出前のピザの残りに冷たいまま齧りつきました。
腹が満ちれば味なんてどうでもよくなりました。
太陽光が嫌いになって、一日中部屋は暗いまま。
部屋にはいつも、向精神薬が散乱していました。
錬金術の代償は、お金以外の全てだったのです。
おや、誰ですか?この酷い有様は。ミチタなんですよ。
絵に描いたような「人間の末路」でしょ?
お金とか自由とか快楽ってもんはね。
『幸福』を、これっぽっちも運んではくれない。
愚か者はその身を以て、それを証明したのでした。
【四章:一なる真実】
ということで。
器に見合わない量の黄金は持ち主を呪いますよ。
人間をぶっ壊す一番お手軽な方法がこれですよ。
そういう物語でした。ビターエンド。
自己紹介なのに。
さすがに残念が過ぎるかもしれなかったので、
【幸福論】でも書き足そうと思ったんだけどね。
ここまでで何と5000字を超えてるんだ。
だからまぁ、やっぱり少し苦くてもいっか。
また別の機会に。
しかしこんな所まで、よく来てくれましたね。
ありがとうございます。
その後。
死に至る病に陥ったミチタは絶望の底を這いずって、
師との出会いとか、諸々お約束の幸運にも恵まれて、
物書きになりたかった夢を思い出して。
命からがら生きて帰ってこれたわけさ。
これにて、初めましてはお終いです。
ありがとうございました。
皆は、どうか健やかに。
億り人の告白 ミチタリン @yuura1714
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