きみのつま先に。
豆ははこ
きみと、きみと、僕と。
「あ、動いた」
「え、待って、あ……」
また、間に合わなかったな。
今度こそ、と思ったんだけど。
そうだ、それよりも、今は。
「はい、そうそう」
きみの手を引いて、座椅子に座ってもらう。
ゆっくりと、ゆっくりと。お腹を圧迫しないように。
「足、出して」
僕は、きみのつま先に、靴下を履かせる。足先に、少し冷えを感じたらしいから。
「ごめんね、ありがとう」
出産予定日には、まだ少し。
でも、そろそろ、があってもおかしくはない、そういう時期。
お腹がつかえて靴下を履くのもたいへんとか、想像もしていなかった。
初めて親になる者同士、だけど、きみのほうがたくさんのたいへんを抱えていて。
ごめんね? そんなことないよ。それを言うなら、僕のほうが。毎日、毎日、ありがとう。
僕にできること、それは。
こんなことと、あとは、在宅勤務日を増やして、今日、明日、明後日。その日によって変わる、きみが食べたいものを用意するくらい。
掃除や洗濯は、僕がまとめて週末にするから。きみはとにかく、休んでいてほしい。
どうしてもやりたい、というときだけは、気分転換になるなら、してもらいたいかな。
産休、育休。いつも君が頑張っていたことは、きっと、会社の人たちにも届いているよ。
「休めるときは、休んでいて。歩きたいときは、外に出たらいいよ」
できれば、僕が一緒にいるときに。
今日は何が食べられる? は訊けるのに。
どうして、うまく伝えられないのだろう。
「うん、ありがとう……」
どうしたのかな。なにか、気になることがあるみたいだね。
「気になることでもあった?」
「分かっちゃった? エコー写真、つま先、うつってたでしょ。生まれてきてくれたらね、つま先にも、あと、手にもね、爪、生えてるんだって! すごいよね。すごいし、嬉しいんだ。けど。心配で。あたし、赤ちゃんの爪切り、うまくできるかなあ」
ああ、それか。
僕も、そうだね。きみのつま先の、爪なら。多分、きっと、できる。
だけど。赤ちゃんのは、そうだね。心配だ。
「あとは、ね。巨乳の人だと、胸が張るから、授乳のときにね、赤ちゃんがちゃんと息できるように気をつけてあげないと、なんだって。あたしも、気をつけなきゃ。おっぱいあげながら寝ちゃわないようにしないと」
そうなんだ。
きみは、いわゆる大きめの人だけど。
確かに、以前よりも、さらに大きくなったよね。
そうか。そうなんだ。
「なら、僕も気を付けるよ。作りやすいミルクもあるし、きっと大丈夫。ちゃんと寝てね。母乳を直接あげる以外のことは、できるようになる……かな」
「かな?」
「うん。ごめん。きみのつま先の爪切りなら、できるし、してあげたい。けど、赤ちゃんの手足って、小さいよね。爪切り……こわいな。手も、それから、つま先のも」
「だよねえ。あたしも、こわい。でも、ね」
ふふ、と、きみが微笑む。
「一緒に、頑張ろう。ね? お父さん」
そうして、きみは、さっき履いた靴下のつま先を動かした。
お父さん。なんだか、くすぐったいね。
「うん、お母さん」
くすぐったい。なら、頑張らないとね。
靴下のつま先にも、そう言われている気がした。
「休めるときは、休んでいて。歩きたいときは、外に出たらいい。だけど、できれば、僕が一緒にいるときにしてほしいな」
……言えた。
「ありがとう、そうだね。靴下履くのも、手伝ってもらいたいし」
もしかしたら、ちゃんと言いなよ、って。 お腹の中のきみが、言ってくれたのかな。
「そうして。三人で歩くの、嬉しいから……あ」
動いた。見えた。ほんとうに、動くんだ。ぐにん、って感じ。
「分かった? もしかしたら、つま先で押してくれたのかもね。待っててね、って」
「つま先で」
「うん、つま先で」
僕は、靴下のつま先に触れた。
「赤ちゃんの爪切り、買いに行こうか」
「そうだね、靴下も履けたし」
「もちろん、靴も手伝わせてね」
きみの手を握りしめて、きみが立つのを待って。
「ありがとう」
「どういたしまして」
きみに合わせて、ゆっくりと動く。
きみと、もう一人のきみと。
僕は、歩く。そう、三人で。
きみのつま先に。 豆ははこ @mahako
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