つま先立ちのキス

サトウ・レン

身長差のある恋。

 高一の夏、僕に人生最初の彼女ができた。

 その子と初めて一緒に帰ろうとした日、僕はクラスメート同士のキスを目撃してしまった。


 人目に付く公園でそんなことをやっているほうが悪い、とは思うのだが、僕は見てはいけないものを見てしまったような気持ちになり、慌てて死角になるモニュメントの側面に隠れた。彼女も僕の行動につられるようにして隠れてくれた。彼女は考えの読めないところがあるから、そのまま堂々と見ているのではないか、と思ったので、ほっとする。


 公園のど真ん中でキスしているのは、男子のほうが高岡で、女子のほうが飯田さんだ。確かに前から付き合っている、という噂はあった。夕暮れの緋に黒が混じりつつある時間だ。誰も見ていない、とでも思っているのだろうか。なんて浅はかな奴らだ。


 ……なんて思うが、いつも寂し気なこの公園に敢えて寄ろうとしたのは、僕も同じなので、他人のことをとやかく言えた義理じゃない。


 だけど僕たちは彼らとは違う。

 どうしても多くのひとの目に触れるわけにもいかない事情があるのだ。僕たちは高岡と飯田さんのように外見的に釣り合いの取れたカップルではない。どうしても目立ってしまって、それが不必要に彼女を傷付けることにもなってしまうからだ。僕自身はどう思われても構わないのだが、それだけは避けたい。


 ちらっと彼女のほうを見ると、彼女が羨ましげにふたりの様子を眺めていた。


 何に羨ましがっているのかすぐに分かった。

 飯田さんが、自分よりもすこし背の高い高岡につま先立ちでキスをしていたからだ。


 彼女は背が高い。僕よりもずっと。背の高い彼女と背の低い僕のふたりが並ぶ姿は、周囲から見ると奇妙に映るかもしれない。いや、今は多様性の時代なんて言われているから、意外と容認してくれるかもしれないし、すくなくとも表立ってからかってくるひとはいないだろう。それでもやはり誰かの視線というのは、怖いものだ。特に彼女は、自分の背の高さにコンプレックスを抱えている。


 高岡と飯田さんがいなくなり、公園には僕たちふたりだけになった。

 夕暮れの空はすでに黒にのみ込まれてしまっている。

 僕たちの間に沈黙が流れる。といっても、彼女は元々、基本、無口なのだが。


「じゃあ、帰ろうか……」

 さっきまでの光景を気にした素振りを見せないように、僕は言った。僕の言葉に彼女は悩んだ表情を浮かべて、そして覚悟を決めたかのように、片方の手で僕の手を取り、もう片方の手の人差し指を唇に当てた。彼女なりの意志表示だろうか。それはそれとして、彼女の握力は思いのほか強くて、結構、手が痛い。


 僕がつま先立ちをして、彼女がかがむのは、きっと彼女の憧れには程遠いはずだ。


 ブランコや段差を見る。いやこれでも足りなさそうだ。

 彼女をジャングルジムまで連れて行き、僕がジャングルジムの途中までのぼる。


 そこで僕は、彼女のキスを待つ。

 彼女がつま先立ちをして、僕にキスをした。


「ぽぽぽ」

 と身長240cmの彼女が嬉しそうに笑みを浮かべる。

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