第2話 遠い星の彼方から

「ローレス公爵令嬢カルミア・マウンテン! 貴様との婚約は破棄だ! はっはっは!」



 一年後。6か月ぶり、36回目の婚約破棄を突きつけてきたクエス第一王子。


 それは貴族学園中庭、聖女学院と繋がった交流の場での一幕であった。


 渦中にあるのはカルミア、クエスと、彼を取り巻く幾人かだけ。


 王子の背後には、かつて〝ゲームのヒロイン〟と名乗った彼女の姿もあった。



「父上がついにお認めになったぞ、止むを得んとな!」



 指さして笑いながら続けるクエスに、カルミアの眉根が寄った。



(それは

 ですがなぜ、彼女がそこに……まさか)



 果たしてカルミアの懸念は。


 すぐに現実のものとなった。



「ふふふ。これでやっと求婚できる! 俺と結婚してくれ、プラム!」



 周囲の貴族の令息令嬢たちはざわめき、王子の取り巻き数人は何やら盛り上がり、カルミアはげんなりした。


 求婚されたプラム、〝乙女ゲームのヒロイン〟は。


 かつてカルミアが王子に対して浮かべたような、綺麗な笑顔を見せた。


 ――――それはカルミアの知る限り、最も美しいプラムの姿だった。





「結婚なんて、できません」





「…………え?」



 呆然とするクエス王子。プラムは中空に手を差し伸べた。



「だってほら」



 彼女の指し示す天の先を、カルミアも見上げる。


 仄かに黄金に輝く半透明の魚が二匹、空を泳いで降りてきていた。



(来たわね。聖別を告げる、御使いが。なんて良いタイミング)



 その魚の口がぱくぱくと動き、荘厳な声が流れる。



『プラム・イエロー』


「はい」


魚座ピスケスより、アルレシャの星の名を与える』


「ありがとう存じます」



 プラムが頭を下げる。王子とその取り巻きも、口をパクパクとさせていた。



『並びにカルミア・マウンテン。レーヴァティの星の名を与える。

 ともに二人、魚座聖ピスケス・ホーリィとして歩むが良い』


「謹んで、拝命いたします」



 カルミアもまた礼をとる。


 顔を上げると、降りてきた魚の一匹が……カルミアの左手にとりついて、消えた。


 もう一匹はプラムの右手へ。


 そして二人の手の間に、赤く太い紐が結ばれ――――手首に結わえられた部分を残し、見えなくなった。



 プラムは王子たちの間をすり抜け、カルミアに歩み寄り、その左隣に並んで立つ。


 クエスたちの方を振り返り、またほほ笑んだ。



「黄道十二聖女が十二、魚座聖ピスケス・ホーリィと相成りましたので。在任中は結婚できません。

 せっかくのお申し出ですが、お断りいたします」






 〝星の御使い〟によって正式に十二聖女に選ばれた二人は、学院を出て馬車に乗り込んだ。


 王城へ向けて、馬車が進みだす。


 音が漏れぬ環境になり、落ち着いたところで。



「「ぷっ」」



 どちらともなく噴きだし、笑い出した。



「こんな笑える顛末になるとは、思わなかったわね」


「はい。いきなり囲まれたときはどうしようかと……でもよかった。

 これでクエス殿下から離れられますね、カルミア様」


「ええ、あなたもね。言い寄られて大変だったでしょう」


「はい、もうほんとに!」



 カルミアは朗らかに言うプラムを見ながら、一年前に話された内容を思い出す。



 プラムが覚えている前世。その知識にある〝乙女ゲーム〟。


 この世界と非常に酷似した物語が、そこには描かれているとのことだった。


 本来ある物語は「主人公が、王子たち攻略対象と交流しながら魚座の聖女を目指す話」らしい。


 だが主人公はどうしても聖女に至れず、挫折。しかし王子の愛を得て、幸せになる、と。


 なお聖女になれなかった原因は、「魚座は二人一組」であり、主人公に並ぶ者がいなかったからである。



 それを踏まえてプラムは、カルミアに「一緒に聖女になってほしい」と願い出た。


 カルミアにその願いを受ける理由は、ない。


 彼女がプラムと共に歩むことにした、そのわけは。



「それにしてもあなた。本当に殿下のこと嫌いなのね」


「はい、大っ嫌いです!

 がんばってるカルミア様を放っておいて、主人公に乗り換える王子。

 ゲームの頃から嫌いでした。現実で見たらもう、ひどいのなんの……」



 気が合ったのである。二人は王子嫌いで意気投合した。


 なんでもプラムは前世で婚約者に浮気され、失意の中で自死を選んだらしく。


 クエスのような男は、どうしても許せないのだそうだ。


 それゆえ、十二聖女になって彼と結婚しなくて済む道を実現するため、カルミアを聖女学院に入れる一手を打ったらしい。



(プラムのおかげで、ようやく私の望みは叶う。

 自由になり、領のお母さまにも会いに行ける。

 …………そういえば、聞いていなかったけど)



 カルミアはふと、気になった。


 聖女の試練は生易しいものではなかった。特に、聖女になろうとする強い動機を求められる場面が多かった。


 カルミアは家族のため、自由のために何度でも立ち上がることができた。


 では、プラムは。



「プラム。あなたは何のために、聖女になろうとしたの?

 本当に、ただ殿下が嫌だったから?

 それとも――――」



 カルミアが尋ねると。


 相棒となった聖女は、ゆっくりと目を細めた。


 その黒い瞳に映るものを、押し隠すかのように。



「あなたをお助けしたくて、私は遠い星の彼方からやってきたのです」


「え?」



 さらりと言ったプラムは、何かをごまかすように笑みを浮かべた。



「知っていましたか? カルミア様」



 プラムは右手首の赤い紐を、掲げて見せる。


 それは絶対に切れることがないという、魚座聖ピスケス・ホーリィの聖具。







「私たち、もうずっと離れられないんですよ?」

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拗れきった婚約を破棄したいので、聖女になることにした。 れとると @Pouch

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