拗れきった婚約を破棄したいので、聖女になることにした。

れとると

第1話 拗れ切った婚約

「ローレス公爵令嬢カルミア! 貴様との婚約は破棄だ!」



 貴族学園のさる夜会の場に、朗々と声が響き渡る。


 参加している令息令嬢は、恒例行事ゆえ見向きもしない。


 3か月ぶり、通算33回目の婚約破棄。


 クエス王太子の宣告に、カルミアはにっこりとほほ笑んだ。



「で。今回はどうやって私との婚約を破棄なさるんです? 殿下」



 カルミアとクエスは、複雑な政治事情によって婚約を結んでいるのだ。


 どれだけ嫌がっても、子どもの都合で破談になどできない。


 だがクエスは婚約当時からカルミアを嫌っているらしく、ことあるごとに婚約破棄を試みてきた。


 最初は憧れの王子の妻になれると喜び、懸命に妃教育を受けていたカルミアも、ここまで嫌がられてはとうに愛情は果てている。


 妃教育、学園、最近では公務にも触れるようになり、負担が大きいカルミア。王都住まいで、大好きな父母のもとにもなかなか帰れない。


 むしろ一刻も早く婚約破棄してほしいところではあったが、毎度毎度クエスの試みは控えめに言って浅はかで、大人が頷いた試しはなかった。


 そして今回は。



「ふふん。聞いて驚け。貴様の進学先は、高等部ではない――――聖女学院だ。

 この俺が、お前を推挙してやった」


「…………は?」


「察しの悪い間抜けめ。聖女に選ばれれば、結婚することはできない。

 それくらい、頭の巡りの悪いお前でも知っているだろう?」



 煽るように告げられたクエスの発言内容は、正しくはない。聖女は魔物から人の生存圏を守るため、無数にいる。


 結婚できないのは聖教会の認める上位の一部、頂点たる黄道十二聖女のみだ。


 貴族学園隣に建てられている聖女学院は、確かにその頂きを目指す聖女たちの学び舎ではあった。


 とはいえ狭き門であり、入学したからといって十二しかない座に至れるものではない。


 だがカルミアはこの指摘を……飲み込んだ。


 己の望みを、叶えるために。






 夜会を辞し、カルミアは学園を出る。


 使用人を連れて正門に向かいながら、この先の段取りを考えていた。



(――――これは、自由を得るための好機。

 聖女学院に入るには、王族や聖教会の推挙が要る。

 誰がクエス王子をたぶらかして頷かせたかはわかりませんが、十二聖女になれれば婚約の破談は、成る。

 良くしてくださる国王陛下、王妃殿下には申し訳ないところですが。

 手回しを急がないと)



 開いた門扉を潜ろうとしたカルミアは。



「ローレス公爵閣下のご息女とお見受けします」



 正門の影から、呼び止められた。


 暗闇から薄暗い街灯の中に現れたのは、辛うじて貴族の娘と察せられる少女であった。


 見覚えもなく、みすぼらしい。



「お話を聞いていただきたいのです。

 クエス殿下に聖女学院の話をしたのは……私です」



 王子を唆し、学院行きを勧めさせられる、カルミアの知らない令嬢。


 それが真実かどうかも、またその意図も判断がつかない。


 カルミアは明かりの中の少女の顔をじっと見る。


 そしてそのを、推し量った。



(私をだまそうとする者は、話を聞いてほしくておもねる。媚びる。

 単に私に意見がある者は、感情が表に出る)



 そこには、笑顔も穏やかさも剣呑さも敵意もない。


 強く輝くような黒い瞳が、カルミアをじっと見ている。


 彼女はただ、真剣であった。



(これは、救いを求める者の顔。

 下は乞食から、上は破滅しかかった貴族まで。

 これまで、何度も見てきた顔)



 つまり。


 カルミアを聖女学院に入れることが、この少女にとって乾坤一擲の手であるということ。


 カルミアはそう理解し。



(ならば見極めねばならないのは)



 まず、歩み寄った。



「あ、あの?」



 戸惑う少女を一瞥し、カルミアは手を伸ばす。


 髪についていた木の葉を二枚、つまんで彼女に見せた。



「ぁ」



 そのまま手櫛で少女の髪を整える。


 少し軋むものの、滑らかな黒髪。肩に当たる髪先が、少し跳ねている。


 襟を真っ直ぐに整え、それから両の肩をひと撫で。



「淑女たるもの、ここぞいうときは己の最も美しい姿をさらしなさい」


「カルミア、様」


「さぁ、その目をもっと良く見せて?」



 カルミアは少女の顎に指を当て、少しだけ引き上げた。


 大きめの黒い瞳が、潤み。



(あなたは私にすがるの?

 それとも――――)



 カルミアの前で再び、先のような覚悟の光を、宿した。


 カルミアは頷き、一歩引いてから口を開く。



「大変結構。いかにも、私はカルミア・マウンテンよ。

 自ら立とうとする淑女よ。あなたは?」


「っ。ジャスミン男爵の娘、プラムと申します。あるいは」



 思うよりずっと優雅に、プラムと名乗った令嬢は礼をとった。



「〝乙女ゲームのヒロイン〟と、お見知りおきを」



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