第4話 いつか麻雀の負けを取り返そうと思っていたんだけど
また四万円も負けてしまった。たかが四万円なんて思うからいけないんであって、四万円もあればどれほどの贅沢ができるか考えてみれば、その四万円の負けを途方もなく大きかったことがわかる。
まず個室付き特殊浴場だが、四万円あればたいていの店へは入れて、信じられないくらいのいい思いができる。食事は、松屋でも吉野屋でも毎日たらふく食べられる。一食だいたい千円と考えて、四十食分だ。すごい分量だ。百円ショップに入って何でも好き放題に買ってもなかなか四万円にはならない。時計屋を覗けば四万円の腕時計ならかなりいいものが買える。四万円とはすごい金額なのだ。
そんな価値ある四万円をまたつまらない麻雀で失ってしまった。でもまた麻雀をやろうと考えている。それはなぜか。いつか強くなって取り返そう、儲けようと思っているからだ。しかし、その思いが叶わなくなってしまった日が来た。
ひと月後また私は金を何とか工面して白雪のビルへ行ったのだが、いつものようにビルの前にはほかの階のキャバクラの呼び込みが立っていて、私がビルの階段へ向かおうとすると、
「何階へ行く?」
と、その男は訊いてきた。
白雪に行くたびに会うから見覚えのある男だ。向こうでも私の顔は覚えている。
「四階だよ。白雪で麻雀」
と私が言うと、その呼び込みは両手でバツ印を作った。
「やってないの?」
私が言うと、その男は渋い顔をして頷いた。
階段の入り口の壁にある郵便ポストを見たら、白雪のポストに郵便が入らないようにシールが貼られていた。閉店か。そうか、そうなのか。
麻雀の負けを取り返すどころか、その店自体がなくなってしまった。
ほかの店へ行く気もしない。たしかに白雪は客のいないボロクソな店だったが、たまに訪れる客にどこかぬくもりがあった。だから私は白雪に行って負け続ける麻雀を打っていたのだ。今さらほかの店へ行く気になるものか。
いやあそれにしてもずいぶん負けた。この一年でトータルで三十万は負けているんじゃないだろうか。店がなくなって打たなくなったのなら、ちょうどいい損切りとも言えなくもない。でもそんなことを言うのは負け惜しみだ。
白雪がなくなって麻雀を打たなくなったら、体の調子が良くなった。あれほど苦しんでいた首すじや肩の痛みが消えた。不眠も解消された。精神的にも落ち着いてきた感じもする。麻雀のせいにしてはいけないけれども、やっぱり麻雀がいけなかったのだ。
また数週間が過ぎて、街ではクリスマスムードが出てきた。そうはいってもあまり景気が良くないせいか、ジングルベルも聞こえなけらば、サンタさんの格好をした店員もいない。ただいつもと変わらない駅前の風景があるだけ。
雪国の前を通ればとっくに看板は撤去されている。石岡にも、マイさんにも、金井にも会うことはない。こうして駅前にいればひょっこり顔を合わせることもあるかもしれないとは思うが、誰にも会わない。あれっきりの関係になっちまった。
そうなると淋しいもので、別の雀荘へ行ってみようかなんて、よせばいいのにそんな思いが湧いてくる。行けばまた負ける。新しい雀荘を開拓するのも緊張する。でも麻雀が忘れられない。新しい店を思い切って覗いてみようか。
実は駅の反対側にもう一軒あるんだ。看板が出ている。思い切って覗いてみて、雰囲気が合わなければ「今日はやめとくよ」と言って出ればいい。
私はその夜、思い切って勤めの帰りに、その雀荘「エレガンス」に行ってみることにした。なんてこった。こっちも閉店してるじゃないの。「長らくのご愛顧ありがとうございました。エレガンス一同」だってさ。
お金損しなくてすんだ。そう思えばいいのかね。私は空虚感で一杯になりながら駅に戻った。なんか涙が出てきそうになってしまった。
なんでああ負けちゃうんでしょうね 懐かしの磁気ネックレス @sara_itsuki
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