第3話 チョンボしまくりですよ

 壁に競走馬の写真が貼ってある。額に入った黒毛のスマートな馬の写真。『ユキノホマレ』と説明書きに書いてある。薄汚れた雪国の店内でこの写真だけが豪華だ。

「これは?」

 と、私は金井に訊いた。

「俺の馬だよ。昭和五十年代の写真だけどね。思い出に飾ってるんだ。あの頃は、麻雀が流行してなあ、この店だって新しくて、繁盛してたんだ。馬を買うほど儲かったよ。雀荘始める前は居酒屋やってたんだが、家内がもっと儲かる店をやりたいって言うもんだから雀荘に改装してさあ、その頃の馬だよね。家内もユキノホマレももうこの世にはいないけどね。本当にあの頃は儲かったんだよ。金を取っておけばよかったんだけどなあ、飲み食いで使っちまって、一円も残ってねえんだ。あの頃はレートが違ったんだ。リャンピンの店だったんだから。それでも一日中満卓だったよ。夜中やってたって良かった時代だったからね。二十四時間営業だった。楽しかったなあ」

 そんな話をする金井の顔は、いつになく幸せそうだった。

 思い出を語る時に、幸せそうに語る人と、不幸そうに語る人の二種類がいる。金井は、幸せそうに語る人だ。こういう人間は、だいたい今がひどい状態にある。にっちもさっちもいかなくなって、思い出の中に逃避しようとしているのだ。


 ドアが開いて、石岡が顔を見せた。石岡は、小太りの中年女と一緒に入ってきた。中年女は、髪を栗色に染めて、襟元に金のネックレスを光らせて、黒い薄手のドレスを着ていた。

「石岡さん、大阪に出張に行ってたんじゃないかね」

 私が言うと、石岡は卑屈そうな笑いを浮かべた。

「二万円持ってきたよ」

 私が一万円札を二枚出すと、石岡は黙って受け取った。

「お金貸してたの? 人にお金貸す余裕なんてないくせに」

 そう中年女が性悪そうな顔で石岡に言った。

 中年女は私に向かって、

「アヤです。よろしく」

 と、今度は満面の笑顔になって言った。


 向こうの卓で三人の男が立ち上がった。男たちは雀卓に札を置いた。その札をまだ座っているマイが掴んでハンドバッグに入れている。

「おもしろくねえ女だぜ。麻雀じゃない時はいい女なんだけどよお!」

 一人の男がマイに向かって捨て台詞を言った。

 マイは何も言い返さなかった。

 男たちは雪国から出て行った。


 こっちの卓にマイは来た。

「場所決めだ」

 金井が、東西南北の四枚を裏返しにして、卓の上で混ぜる。

 私、マイ、石岡、中年女が手を伸ばして一枚ずつ取る。それで席の場所が決まる。


 今夜もろくでもない麻雀の始まりだ。

 金井は、カウンターの中に入ったり、ソファーに座ったりしながら、それとなく私たちの麻雀を観察した。


 その夜、私はチョンボを連発した。

 まず余計な発声をしてしまった。「ポン」だの「ロン」だのあり得ない時に発声してしまった。そのたびに、石岡の「おまえ、どうしたんだ」という目に見つめられた。

 ツモの場所を間違えてしまうなんて言うこともした。牌山ではなく、人の捨て牌からツモってしまおうとしたのだ。何をやってるんだか、私は。自分が信じられなかった。


 まったく何をやってもダメだった。どんどん負けた。私は石岡に返す二万円のほかに四万円持ってきていたが、その金がなくなった。

 もっと打ちたかった。だが、石岡にまた借金するのだけは避けたかった。

「今日はダメそうだね」

 金井が私の耳元で囁くように言った。

 その言葉は、「もう終わりにしなよ」という意味に聞こえた。




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