第2話 人を見たら「借金してる」と思え

 もうホント借りた二万円を返す算段をするのに大変な苦労をした。たかが二万円だが、返す金を作ることになるとこんな大変なのかと身にしみてわかった。

 あっちから五百円、こっちから三千円と、なんとか工夫して金を作ってかき集めて二万円を作っていくうちに、だんだん怒りがこみ上げて来た。だいたい、あの金は俺の金じゃないのか。石岡は、俺から麻雀で巻き上げた二万円を、

「貸してやるよ」

 と言って俺に貸してくれたのだ。

 俺の手元に来た二万円はもともとは俺の金だったのだ。その金を石岡に返すために俺はこんな苦労をしている。むかつくし、自分がみじめで悲しいし、もう二度と麻雀はやるまいと思った。


 二万円作るのに一か月もかかった。その日は暑い日だった。その二万円を持って俺は「白雪」の階段を上った。

 その日は珍しく卓が立っていた。1卓だが、卓が立っているのは珍しいことだった。しかしそこには石岡のあのでぶった背広姿はなかった。

 いつもの従業員じゃなくて、白髪の、妙にお辞儀だけは丁寧な老人が俺を出迎えた。この店の経営者の金井だった。


「石岡さんは来てないか」

 と、私は訊いた。

「しばらく来てないね。大阪へ出張で行ってるよ」

 と、金井は言った。

 大阪か。怪しいやつの出張はいつだって大阪だ。大阪に出張で行ってるわけがあるもんか。俺も最近は、大阪って出た瞬間に、こいつは嘘だってわかるようになってきた。


 もう一つ。看護婦さんと言うのも嘘だ。

「俺の女房は看護婦だ」

 誰もかれもがそう言う。そんなに世の中に看護婦さんがいるもんかね。人口の半分が看護婦さんかね。

「あたし、ナース」

 女がこういうのも嘘だ。こんなナースに注射なんか打てるもんかね。


「金を返しに来たんだ」

 私が言うと、

「北島さんが来たことは言っとくよ」

 と、金井は言った。

「石岡さんも借金まみれだから、人に貸す金はねえだろうによ。あの男も、麻雀は負けまくりだからな。面白いように負けてるよ」

「そんなもんかね」

「そうだよ。あんたも覚えておきな。人に金を貸すなんて調子の言うことを言いだした野郎は、たいていその本人が借金してるものなのさ。てめえが金がねえのに、金のあるふりをしたがる」


 金井は、小声で言った。

「向こうで打ってる女を見てみなよ」

 卓を囲んでいる四人の中に若い女がいた。時々「白雪」で見かける女で、マイという女だった。妙に痩せて、顔色が悪かった。24.5歳に見えるが、服装はやたら地味だった。マイは、卓上を怖い顔で見つめていた。


「あの女も借金かなりあるんだぜ。それでも麻雀はやめられねえ。会社の金を使い込んで麻雀を打って、それがばれて会社はクビさ。それでもああして麻雀を打ってるんだ」

「驚いたね。そんなもんかい」

「麻雀なんてよお、借金こしらえるためにやるもんだ。あんたも石岡に金借りたんなら、もうすっかり本物の麻雀打ちの仲間入りさ。いったん借金の味を覚えたらもうやめることはできねえ。なあ、また借金こしらえても麻雀打ちてえだろう?」

「まあね」

「少し待ってなよ。ヒマな連中に電話かけてメンツ集めてやるからよ。どうせみんなパチンコ打ってるんだ。電話すりゃ飛んでくるよ。パチンコの負けを麻雀で取り返そうと思ってね」

 金井は、私にソファーに座って待つように勧めた。



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