なんでああ負けちゃうんでしょうね
懐かしの磁気ネックレス
第1話 もうほんとどうしようもないんですよね
疲れちゃうと、ろくでもない所に足が向いちゃうんですよね。元気な時は、おしゃれな所とか、活気に満ちている所とか、時代の最先端を行っている所とか、文化芸術の場所とか、そういうパワースポット的場所へ行くんですけどねえ。
ところがですね、気分が落ち込んじゃっている時とか、何もかもいやになっちゃった時って、そういういい場所へ行きたくないんです。かと言って、まっすぐ家へ帰る気のもなれない。
そんなダメな時って、私、あのしょうもない雀荘「白雪」という店に足が向いちゃうんです。名前からしておかしな店なんですが、もともと居酒屋だったのを改装して雀荘を始めたらしくて、経営者は同じようなんですよね。店名は居酒屋のままなんですね。
もうなんかうらぶれた通りの雑居ビルの四階にあって、それが入りにくいんですね。だいたいビルの入り口にバイクだの自転車だの止まっていて入るのを拒んでいるし、入り口、階段、エレベータに食べ物の食い散らかした容器が捨ててあったりとか、ひどい時には避妊具見ましたよ。目を疑いましたよ。なんだろね、これ。日本ですかね。
だからそういう店行かなけやいいんですよ。でも、疲れた時は行っちゃう。なんか心が落ち着くんですよね。
引き寄せの法則ってありますよね。ああいう本を読むと、
「同じ波長のものが引き合う」
って言ってます。
私の落ち込んだ気持ちと、雀荘「白雪」が引き合うんですかね。
その日も、私、やんなっちゃいましてね。ええ、私、低賃金で、いい齢して、アルバイトしてるんですよ。掃除のアルバイトですよ。これでね、いい大学出てるんです。妻も子供も家もあれば猫もいるんです。前の仕事おもしろくないからやめちゃって仕事探ししてるんですけど、いい仕事ないんですね。とりあえず始めた掃除のアルバイトが2年も続いちゃってるんです。正社員にいばられて、夏は暑い、冬は寒いで、いやになっちゃうんですよ。
それで気持ちが落ち込んで、まっすぐ帰る気になれなくて、「白雪」のドアを押したってことなんです。
客いねえ。いねえんだよね。うらぶれた年配の従業員がぼろくそのソファーで寝ている。午後4時ですよ。平日の。これ、商売成り立ってないでしょう。なにこの小汚い室内。
いやいや、このだめさ加減がやたらおちつくんだなあ。わかります? 美人と会うと緊張するけど、たいして美人じゃない庶民的な女性と会うとリラックスするってこと。まあ、この「白雪」のだめさ加減が、おちつくんですよ。好きです、この店。
それでまあ、30分も待てば、その従業員が電話であちこち電話してやっとどこからか2人かき集めて1卓立つんですね。安いレートの麻雀ですよ。集まってくる客もうらぶれた人たちですよ。だけどね、意外と気がいいんだ、この店の従業員も客も。
それで、私、たいてい負けます。バカですよね。時間を浪費してお金を捨てに行くようなもんですから。せっかくのアルバイトの賃金がパーですよ。ヘタすると、一か月のアルバイト賃金がパーです。アホです、私。
でね、その日も、午後10時まで打ったんですが、やっぱり負けました。勝つ気で行ったんですよ、勝つ気で。いや、みんなが勝つ気で来てますけどね。
10時になって、私は財布の中が空になっちゃったから、
「これで終わりにします」
と言ったんです。
でもほんとはもっと打ちたかったですよ。頭の中が熱くなってますからね。
麻雀ってさあ、熱くなるから楽しいんですよね。冷静な麻雀なんて面白くもなんともないですよ。
「なんでやめちゃうの」
って、同卓した客の男が言うわけです。
石岡っていう男でね、時々この雀荘で会うんですよ。なんか背広着てるんだけど、太っててね、人相悪くてね、まともな会社に勤めてる感じじゃないね。その石岡が妙に気さくで、いいやつなんですよ。いいやつと、私が勝手に思っているだけですけどね。
「もう金がないんだよ」
と、私が言ったら、
「貸すよ。もっと打とうよ。まだ終電まで時間があるよ」
って言うもんだから、人から金借りるのもなあと思ったけど、石岡が二万円こっちのサイドテーブルに置くもんだからそれ受け取っちゃったんだなあ。
でね、その金で終電過ぎまで打ったよ。負け続けだよ。
二万円なくなったの。
「また貸そうか」
と石岡は言うんだけど、さすがに気が引けて、
「今日やめる。また来る」
と言って、私は店を出たんだなあ。
タクシー乗る金もないよ。終電が終えて、ひと気がなくなってきた夜の道を歩いて帰ったよ。頭の中が熱くなってるから、歩けるんだよね。
昔、雀鬼桜井章一の漫画の本に、
「ショーイチは勝負の後、歩き続けた」
というラストシーンがあったんだけど、俺だって麻雀の後は歩き続けるんだよ。ショーイチは勝って歩き続けるけど、俺は負けて歩き続ける。その違いだけどさ。
二時間半歩いて帰宅したよ。
問題は借りたお金をどう返すかだよ。家に金ないんだよ。妻や子供に渡してしまって生活費になってるんだよね。俺の金はどこをどうしたってないんだよ。どうすんだよ。
俺が考えたのはね、借りたお金を返すためにまた違う人からその金を借りるってことなんだ。石岡には返さないとまずいよ。だって、返さないと「白雪」にはもう行けないし、ひょちょしたら「白雪」の近くで石岡や雀荘の従業員に会うかもしれない。まずいよなあ。
だから、その日から俺は金の工面をするために、親友と思っていた人たちに会いに行ったんだけど、誰も貸してくれねえんだ。もうつらかったねえ。
「困ったときの友が真の友」と言うけれども、俺には真の友はただの一人もいねえんだなあ、と思ったよ。
妻に気まずくて、
「麻雀で負けて金借りてきた」
なんて言えねえしなあ。
これ、ギャンブル依存症の人間の特徴ね。ギャンブルで負けて借金作って、そのことを家族も言わなくなったら重症なんだよね。そういう話聞いたことあるんだけど、俺ももそのくちになっちゃったかなあ~、なんて。
ただの二万円だけど、最初はそのあたりの金額から泥沼に入っていくもんなんだなあ。(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます