第2話
第一章 これは失楽の物語
第一幕 二人の迷い子/物語の始まり
「んなっ…女の子?!」
「はい。女の子です。」
「おかしいな、二人いるように見える。」
「います。二人。黒髪の子と銀髪の子。そんなに慌てることですか?」
この子、自分の後から四人も入ってきてるから慣れてきてるな?この事態に。
「それでも二人一緒に来るのは初めてですね。姉妹さんとかお友達とか?そうだったら素敵ですね。」
いや、ありえない。肉体ごとここに来たということは、きっとこの二人は特異点なのだろう。一つの世界に特異点は一人。ではこの二人はそれぞれ違う世界から来たのだろうか。いや、それはありえないことだ。
「世界は、人間たちが住む世界は。もう一つしかなかったはずなんだ。」
破壊と創造を繰り返す並行世界。しかし最近は創造されず壊れていくばかり。その原因を探る間に世界は一つになってしまっていた。しかもその世界の特異点は二十五歳の女性だったはず。こんな、十歳そこらの女の子ではない。
「他には?大人のお姉さんみたいな人、近くにいなかった?」
「多分いなかったと…。いたら多分、おおかみちゃんが気づいてますし。」
メイジがそう言うとおおかみちゃんは自信満々に「あおん!」と鳴いた。となるとこの二人はどこの誰だ。頭を悩ませていると、おおかみちゃんに乗っている女の子が目を覚ました。私とメイジちゃんは目を丸くする。今まで天界に来た女の子は目覚めるのに数日は掛かっていたんだけど、あまりに早いお目覚めだ。女の子は周りをきょろきょろ見渡すと、綺麗な真ん丸おめめの私とメイジちゃんに気が付いたのだろう。
「…誰?」
悪いけどそれはこっちのセリフなんだなあ。
「わっ!本当に女の子なんだ!言葉分かる?通じてるかな?!」
相手が女の子の人間と分かるとメイジちゃんは興奮気味に話し始めた。通じてるよ。でも女の子には通じていないらしい。首を傾げてメイジちゃんを見ている。この子が使う言葉は日本語、か。私は懐からペンダントを取り出して、女の子の首に下げる。
「こんにちは。突然で悪いけど、キミの名前を教えてくれるかな?」
女の子は驚いたような表情を浮かべる。そう。このペンダントはそこらへんのお店で売られているただ綺麗なアクセサリーというわけではないのである。まあ簡単に言えば全自動翻訳機と言ったところか。私が作った。
「すごい。この子の言ってることはちんぷんかんぷんなのにあなたの言葉は理解できる。」
「今ならこの子の言うことも理解できるんじゃないかな。んで、お名前は?どこからここに来たの?」
女の子は暫し考えているような素振りを見せるがすぐに首を振る。
「名前はクロエ。どこから来たのかは…分からない。というか、自分の名前以外のことが分からない。頭に霞がかかったように…思い出せない。」
ほーん…メイジちゃんたちと同じ症状だな。
「でも、一つだけ、分かることがある。」
ほん?
「私は誰かに助けてもらってここにいる。私はこの誰かのことを探している!」
ほ~む、これは初めてのパターンだぞ?メイジも誰も、自分の名前以外のことは分からなかったんだけどな。
「誰かって、誰?それは思い出せないの?」
「うん。でもただここに来たわけではない…多分、ここに来るまでに必死にこの人のことを考えていた。そんな気がする。」
メイジたちは世界が消えた時、きっとそれを意識していなかっただろう。普通に生活していたら急に知らない土地にいた。そんな感じ。でもこの子は今までの子とは違う。仮説を立てるなら。
「世界が消える瞬間を知覚していた…?」
そんなことあるのだろうか。そうだとすると、この子は世界が消える瞬間を見ている?天使が、私がいくら時間を掛けても分からなかった崩壊の原因をこの子は知っている。その眼で見ているかもしれない。
「あの、ところで。ここはどこ?どうして私はこの、大きい犬に運ばれているの?」
「大きい犬じゃなくて大きい狼だよ。おおかみちゃんっていうの。」
「わ。本当に言葉が分かる。狼…狼?本当に?」
「そう。おおかみちゃん。ほら、クロエちゃんに挨拶しないと。おすわり!ごろん!」
「犬ですよね?」
「おおかみだよ?」
メイジとクロエの何というか、馬鹿みたいなやり取りを聞いて…いや決して悪口ではないのだが。…これ以上考えていても分からないことは分からない、か。私は大きく息を吸って、吐く。深呼吸ってヤツ。
「狼に見えないのは分かる。どこからどう見てももっふもふな大型犬だからね…。クロエちゃん、だったかな。天国へようこそ。私の名前はフリカ。さあ、入りなさい。私が分かることは全て話す。しかし先に謝っておく。申し訳ない。キミがおかれている状況は難解で、私でも分からないことがたくさんある。」
「…子どもに素直に謝れる人は大体はいい人。信じるわ。どのみち、それ以外に方法がないもの。」
随分大人びた少女だな。それとも今どきの子は皆こうなのか?いや感心している場合ではない。
「メイジちゃん、銀髪の子。客人用のベットに寝かせて、目が覚めるまで一緒にいてあげてよ。お菓子とか飲み物はまあいつも通り好きにして。クロエちゃんと話し終わったら様子を見に行く。」
メイジちゃんは「いえっさー!」と言うとおおかみちゃんと一緒に家に入っていく。どこで覚えてきたんだイエッサーなんて。
「さて、クロエちゃんはこっちだ。私がさっきまで考え事していた部屋。飲み物は紅茶でいいかな?寒かったり暑かったりする?安楽椅子と普通のふかふかの椅子、どっちがいい?」
「大丈夫。その、椅子も普通ので。いきなりだけど、聞いてもいい?」
「ん。どうぞ。紅茶を淹れながらで申し訳ないけど。」
「天国ってどういうこと?」
「賢いね~。聞いてたの?私の言葉を、きちんと。」
「信じるとは言ったけど、あなたは全然知らない人。一挙手一投足、全てを警戒するのは当然。そもそも人間なの?頭の上のその輪っか。天使とか神様とか。そういう人にしか見えない。」
「ほ~む…予想以上だね。ま、そうだよ。ここは天の世界で私は天使。これでも八人しかいない天使さんの一柱だ。」
「ここは天国。じゃあ、死んだの?私。」
「死んでないよ。死んでない。キミはまだまだ、ここではないどこかで生きているはずの女の子さ。普通に恋をして、結婚し、子どもを授かり、家族に看取られながら逝く…まあこれが叶うくらいには寿命は有り余っているんじゃない?」
「それなら私はなぜここにいるの?」
「それはね…長くなるよ。」
並行世界の破壊と創造、世界の創造がされない結果、ついに人間たちが生きる世界は無くなってしまったこと。それによりクロエやメイジが住んでいた世界もどこにあるかわからなくなってしまったこと。
特異点。自分の世界の情報のバックアップを持ち、それを使うことによって世界を元通りにできる可能性を持つ人間。つまりクロエたちのこと。
特異点の能力はその人間の精神や肉体の在り様で姿を変える可能性があること。メイジの狼がまさしくそれだということ。
そんな特異点が天界に迷い込んできていること。
天界は攻撃を受けていて、八人いる天使の内六人が行方不明。二人も自分たちが住む場所周辺を護るのに精一杯だということ。
「そして天界を護るために、天使は人間の少女たちに力を借りている。特異点の能力を赴くままに成長させた、五人の少女たちに。」
「その一人が、メイジさんってこと?」
「そう。今、天界の八割は敵さんの手に堕ちている。天界の機能を全て回復しなければ特異点のデータを見ることが出来ないし、それが出来ないと世界の復旧も出来ない。しかし天使が八人いても太刀打ちできなかったのが現実。だから特異点に手を借りたんだ。どうやら特異点の能力は、私たちなんかよりずっと強いらしい。おおかみちゃんもあれで強いんだよ。…何が言いたいと思う?」
「私にも手を貸せと。そう言っているように聞こえました。」
やはり賢い。思わず笑みが零れる。しかし。
「失礼だな。私だって幼気な少女に前線に立たせるなんてことしたくはないわい。でも、天使だけではこの世界を救えない。そしてここが堕ちればいよいよ世界は戻らない。どうかな。利害は一致しているだろう?」
クロエは腕を組みながら、ただ黙って考え込んでいる。
「クロエ。人が立ち止まっている場所には必ず何か意味がある。大切なのはその意味を考え、自分の足で環境を変えること。いつまでも立ち止まっては自分の進む道は切り開けないし、必死になって切り開いてきた道も次第に草が伸び、元通りの野原になってしまう。人は進み続けなければ救われない生き物なんだ。そして進む決断をしなければ、人は自身の価値を落としていく。これはキミみたいな少女には酷な選択だと思う。しかし私は少女だから、子どもだからとキミたちのことを蔑ろにしない。自分の道を自分自身で選んだその時、人は子どもでは無くなると思っているから。」
「…やります。いや、やらせてください。私には夢がある。私が探している人を見つけるまでは、私は死ねない。死ねないなら、進み続けるしか方法はない。」
「戻れないよ。自分から言っておいておかしなことを言うけど、私たちが歩いている道はどんな地の底よりも辛いかもしれない。」
「私は一度死んだような物ですから。もう一度死ぬ気で頑張るだけ。」
…少女らしくないな。あまりにも覚悟が決まっている。
「キミ、前にも似たようなことあったんじゃ…。いや、覚えてないか。まあいい。そうやって言ってくれるんなら大満足だよ。」
私は安楽椅子から立ち上がり、ドアノブに手を掛ける。
「私はもう一人の女の子の様子を見てくるよ。クロエちゃんは天界を救うために戦ってくれるんだったね?」
クロエはこくこくと頷き、私の眼を見つめる。成程。かっこいいことを言っているだけではなさそうだ。
「じゃあ、メイジに着いていってもう一人の天使に会いに行くといい。メイジはそこに住んでいるからここから帰るときにに着いていけばいいだけ。簡単だろ?ああそれと、私今から部屋を出るけど、この部屋から一歩も出ないようにね?あとそのペンダントも失くさないように。いやなに、この家は仕掛けが多くてね。初めての子は必ず迷子になるのよ。んじゃ、よろしくね。」
扉が閉まり、部屋には少女が一人取り残される。ふと安楽椅子を見るとフリカさんが忘れていったのか彼女の眼鏡が残されていた。彼女、話している最中に何度も眼鏡を上げていたし、もしかして眼が悪いんじゃ。しかし部屋からは出るなと言われてるし、届けづらいよな…。
私が眼鏡を見つめていると、なんと眼鏡の形がひとりでに歪んでいく。眼を擦ってみる。しかしどうやら夢を見ているわけではないらしい。眼鏡はどんどんと形を変える。足が生えて腕が生えて、最終的には人型になった。まるで小人のようなそれは、私の足元に飛び跳ねるように歩いてくると、あっという間に耳元まで登ってきて、小人は私の首筋を撫でた。
「…え?!」
小人がぴょーんと飛び跳ねて私の身体から離れる。小人の右手に握られている綺麗な宝石。思わず胸元を探る。さっきまであったものが、絶対に失くすなと言われた物が、ない。小人が手に持っていたのはまさしくそれ。フリカさんからもらったペンダントだった。
「返して!」
思わず体が動く。伸ばした手は虚しく空を切り、小人は部屋の扉の取っ手に手を掛けた。そして体を上下に振って取っ手を下げると、少し開いた隙間から外へ走って行ってしまった。
(追いかけるか…いやでも出るなって。)
出てはいけない理由。それは迷子になるから。つまり迷子にならなければ出てもいいし、危ない物もまあ少ない…ここを私の常識に当てはめて考えていいのかは不安だけど、まあ。
「怒られたら謝ろう!」
私は部屋の扉を開けて、廊下を見渡す。左側は何もいない。右側にはさっきの小人が奥へ走り去っていくのが見えた。さっき入ってきた玄関から反対方向。
「待って!」
私は小人を追いかけ、廊下を進んでいく。右に曲がり、左に曲がり…追いかけていくと小人はある扉を開いてその奥へ行ってしまう。扉にはなにか書かれていて、ペンダントを持たない私でもなぜだかその文字の意味は理解できた。
【立ち入り禁止 はいるな】
こんなんばっか!出るなって言われてたのに出る羽目になったし失くすなって言われた物を失くした。今度は入るなって?悩む。わざわざ入るなって書かれている部屋に入っていいわけがない。しかし私は言いつけをもう二つも破っている。二つと言えば少ないけど言われたこと全部だ、全部。達成率0%。ならばもう二つが三つになっても同じようなものか。怒られたら謝ろう。
「失礼しま~す…。」
中は薄暗い物置のような場所。薄暗くて何があるのかいまいち分からないけど、小人のことは薄くぼんやりと光って見えた。小人は部屋の奥へ奥へと歩いていくと、一冊の本を開いてその中に飛び込む。追いついた私が本の周りを見てもペンダントは落ちていないし小人も眼鏡も落ちていない。
「…もしかして。」
ゆっくりと本に触れる。本は光り輝き、光の強さに思わず眼を閉じる。光が止んでゆっくりと眼を開けると、そこは太陽の光が届かないほど、深い深い森の中だった。
これは逆転の物語 うたたねさん @utatanee
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