太陽の花

滞留在庫

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私のともだち、こんどうさん。


知り合ってしばらく経つけど、名前はまだ教えてくれない。今藤って名前も、今藤さんに話しかけてたおじさんが言ってた名前で、「こんどうっていうの?」と聞いてみたら「あーうん、それでいいよ。」と言っていた。


キンパツプリン頭のヤンキーみたいな見た目してる人で、あんまり自分からは喋らないし、いつも怒ってるような感じだけど、遊びに行くとこっちは見ないしお菓子とか出してくれないけど、ちょっと嬉しそうな声で「おはよ」と言ってくれる。

今藤さんは十字路の角にあるアパートの階段を上がってすぐの部屋に住んでる。そこには今藤さん以外誰も住んでいなくて、前に大家さんが一階の部屋に大きい荷物を運びこんでいるのを見ただけ。

私が「どっか出かけようよ」と言っても、今藤さんは「日焼けする」「歩くのだるい」「あーいま金ないから全部奢ってな?」と全然乗り気じゃない。でも私はそんな今藤さんが大好き。できるなら家に帰んないで今藤さんの家に住んで、学校も行くのやめて、ずーっと今藤さんと一緒に居たい。でも今藤さんは見た目の割に真面目だから、「義務教育中だろ? 早く家帰れよ」と、いつも言ってる。でも私はそんなのどうでもいいし、今藤さんと居られればそれでいい。今藤さんといれば悲しいこともないし、淋しいこともない。

今藤さんは「接客業」をしていて、夜の7時に仕事にいくので私はそれに合わせて家に帰らなきゃならない。今藤さんは「親が心配すんだろ」と私を帰すけど、家に帰っても千円がおいてあるだけだから帰ったって意味はない。心配してくれる人なんていないんだもん。

 最後にお母さんを見たのはたしか、11歳の誕生日。その日、いつも通り学校から帰って「ただいま」を言ったら「おかえり」が帰ってこなくて、朝までいたはずのお母さんはいなくなってて、玄関に五千円札と「もう一人でも生きていけるでしょ」と書いた紙がおいてあった。その日を境にお母さんは全然帰ってこなくなった。必ず月曜日に学校から帰ると玄関に千円札が一枚落ちていて、誕生日の日だけ五千円。12歳の誕生日にはスマホが一台おいてあって、「手続きしたから自由に使って」と、殴り書きでスマホの空箱に書いてあった。それを見たときは、母親ヅラしやがってってものすごい怒りが込み上げてきたけど、それまで何も言わずに、感じさせずに育ててくれたし、それのおかげで今自由に過ごせて今藤さんと居られるから、ある意味、良いことをしてくれたのかもしれない。

学校を休むときは連絡するように、と言われ、中学校にはいい顔してたらしいけど、相変わらず家には全然帰ってこなかった。中学に入ってまだ少しの頃、新しい生活に慣れなくて体調を崩し早退することになった日があった。けど、お母さんは迎えには来てくれなくて代わりに迎えに来たのは知らない人。先生は私の「お父さん」が迎えに来るって言ってたけど、その人は「お父さん」ではなかった。私は誰が本当の「お父さん」なのかを知らない。お母さんが家にあげる男の人はみんな「お父さん」。家に帰るとお母さんの靴の他に大きいサンダルやスニーカー、革靴などがあった。毎回違う靴で、家の中から聞こえる楽しそうな声も違ってた。そんなに楽しそうにしてても、みんな私を見るとお母さんから離れていっちゃう。だから家に来る男の人は毎回違う人。けど、早退のときに迎えに来てくれた人は、その「お父さんたち」の中でも優しい人で、家まで送ってくれたあと「これ、あげるからお母さんに高崎さんは仕事で海外行ったって言っといて?」と言い、一万円をくれたあと乱暴に車のドアを閉めて帰っていった。「高崎さん」のことをお母さんに伝えると、「あーそう、あんたのおかげで大切な物が全部無くなってく。本当、産まなきゃよかった。どんどんあいつに似てきて。赤ちゃんのときはまだ可愛かったのに。」と。やはり「高崎さん」はその日以来、お母さんとは会ってくれなくなっていた。

 時計を見ると6時。外もだんだん暗くなってきて今藤さんがゆっくりと準備を始める。

「こんどーさーん、なんか欲しいものあるー?あ、酒は無理だよ?酒以外ならなんでも!」

今藤さんは全然大人に見えない。なんなら同い年ぐらいに見える。初めて会ったとき今藤さんは制服を着ていた。最初はセーラー服も着てたし学生なのかと思ってたけど、次に会ったときはにはもうゴミ袋の中に入ってた。冷蔵庫の中にはハイボールやビールがたくさん入ってるけど、今藤さんがそれを飲んでるのは一度も見たことがない。

「えーじゃあ、モバ充ほしいかもー。こないだめっちゃ遅刻して店長怒らせたときぶん投げられてなんか燃えたんだよねー。そこまでしなくてよくない!?だって前日にシフト変える店長が悪くない!?まじ店長許さない。燃えたのもこっちのせいにされたし。」

お母さんが置いていく千円札はおとなになったら今藤さんと暮らせるように、貯めている。今藤さんにその事を言ってみたら、「盗まれたら大変だからさっさと使えよー」。でもその千円の使い道は、たまに今藤さんに何か買っていくぐらい。朝は食べなくても給食があるし、夜はありがたいことに今藤さんが買ってきてくれる。中学を出たらもうご飯が食べれなくなると思うとちょっと心配になる。不思議と今藤さんはいつも結構なお金を持っている。けどやっぱり遊びには行ってくれない。何の仕事をしているのか聞いても、「接客業!」とやっぱ教えてくれなかった。

「えーむり高いよ。千円以内。」

今藤さんは眉をひそめて不満そうな顔をしたけどすぐに笑顔になって、「うそ、いいよ買わなくて。」と言った。そう言われたとき私は必ずケーキを買うようにしてる。「今日なんかあったっけ?」って聞かれるけど「今藤さんいつも頑張ってるし、ご飯作ってくれるからその感謝の気持ち」と、せめてものお礼ということでケーキにしている。

 空が赤く染まり、太陽が見えなくなった。今藤さんが家を出る時間。今藤さんから離れた瞬間、「あなたは一人ぼっち。」と言われてるような気がするから私はこの時間が嫌い。

「おまえ明日も来んの?来るんだったら鍵渡すけど。」

  たまに今藤さんが帰ってきたばっかりで起きてなかったり、まだ居なかったりで鍵があいてない時がある。迷惑かもしれないけどその時は玄関の前で今藤さんが起きて気づくのを、仕事から帰るのを待っている。一人になるのが嫌だから、怖いから、せめて今ぐらいは全部忘れて好きな人といっしょにいたい。待っている間が一人でも、今藤さんがいるから。

 「え、合鍵!?もらえるの!?」

 「いらねーならやんねーけど!」

 「ほしい!」

 キーケースの中には鍵が2つ。

 家について鍵を選んでさし、もらった鍵を見る。私の中に幸せが一つ増えた。

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