残骸 6

 突如、菓子屋前のアゲイプ通りで起こったおよそ十五分にわたる大乱闘。


 何やら怪しげな男たちを相手取っていたのは、シェードでは有名なシスター殺しの異名を持つ不良と、謎のシスターのふたりのみ。


 彼我戦力差は、二十八対二――


 その戦況はあまりにも一方的だった。



 野次馬に囲まれる中、オーエンは深いため息を吐いた。そして、ある人物を探すべく周囲を見回した。


 オーエンの周りには、うめき声を上げたり、血を流しながら気絶して地面に転がっている男たちがいた。

 転がっている男たちとは別の人影を見つける。肩で息をしながらその人物を見つめた。


「まじでか……あの人数をひとりで……」


 オーエンのそばに転がっている男たちはせいぜい四人程度。対してその人物の周囲に転がるのは二十四人。オーエンの実に六倍にもなる人数の中心に立っていた。


 あの絶望的ともいえる彼我戦力差を前に、オーエンがとても戦えないと逃げ出した人数を前に――


 少女は……ホーリー・オリーブは……

 ――立っていた。


 疲れをひとつも感じさせない。汗すら一滴も流れていない涼し気な顔で微笑みながら。


「お前、バケモンだな」


 敗者の絨毯を避けながらホーリーの隣に並ぶ。


「まさか、ただのシスター見習いだよ」

「ただのシスター見習いが付けていい腕章じゃねぇだろ、それは」

「まぁ、ね……ちょっとした箔は付いてるかな」

「本当に勝てるなんてな」

「君のおかげだよ」

「そりゃ無理があるだろ」


 戦闘中、敵をほとんど引きつけ、その全てを処理したのはホーリーの方だ。オーエンがしたことと言えばせいぜいホーリーに不意打ちしようとした雑魚を倒したことくらい。それもホーリーなら難なく片づけられただろう。


「君がいないと、勝てなかった」

「あそ」


 素っ気なく流す。


「軽いねぇー、今セリフって男の子にならぶっ刺さるんじゃないの?」


 軽く笑いながら、オーエンに背を向ける。


「そういう魂胆が見えてたんだよ」

「あはは、それは改善しない――」


 子馬鹿にしたようにおどけながら笑う。振り返りながら、小悪魔のような笑みをこちらに向けた。


 魅力的な表情に赤面しそうになる。


 その瞬間だった。


 いきなり、ホーリーの体が力なく傾いてく。言葉が途切れる。良くないことが起きていると理解したときには、すでに地面に倒れこんでいた。


「おいっ!」


 自分の声がやけに遠くに聞こえた。現実味を失った。視界のシスターが全く別の人物に見えてくる。まるでデジャヴか、フラッシュバックのように、ホーリーではない誰かの姿が重なった。


「ぅうっ」


 強烈な吐き気。心の奥に封じたトラウマが流れ出そうになる。


「くそっ」


 ぎゅっと目を閉じ、落ち着けと命じる。トラウマを再び心の奥底に埋める。


 今更、どうってことはないはずだ。黙らせろ。今はこいつに目を向けろ。


「はっ……はぁ、はー」


 目を開けると、灰色の髪が見えた。どうやらちゃんとホーリーを見られているようだ。


 急いで倒れたホーリーの体を抱き寄せる。


 体が冷たい。異様なほどの冷たさだ。思えば、この格好はどう見てもシェードの冬に耐えられるものじゃない。それに裸足だ。


 これほどの低体温では命に係わる。気を失ったホーリーを抱きかかえると、オーエンはとにかく頼れる知り合いのところへと駆けていた。


「邪魔だどけっ!」


 取り囲むように好奇の目を向ける野次馬を蹴散らす。


「くそ、走ってばっかだなおい」


 すでに逃走劇を繰り広げ、そのあとに大乱闘をした。そんな体では呼吸が一分も持たずに乱れたが、今は自分に鞭を打って走らせた。


 体力に自信はないし、なんなら体力なんて使いたくない。


 だが、使いどころはある。


 どれだけ避けても、避けられないことがある。


 それが今だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シスターが血を吸ってきます。 工場長 @kojotyo1125

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画