残骸 5
「やぁ、君たち」
路地裏からひとりで飛び出したホーリーは、オーエンを探している男たちに話しかけた。
「あ?」
苛立ちを隠さずにこちらを見つめた瞳が一瞬驚きに色づく。次第に舐めた目つきになると、馴れ馴れしくホーリーの肩を掴んできた。
「どうしたよシスター様。まだなにもしてねぇぜ?」
「おおぉ! すげぇ美人さんじゃないかよ。どうだ? 後で遊ばないか?」
「やめとけよ、シスター様なんだから男になんか興味無いだろ」
など、口々に騒ぎ始める。
その様子を未だ路地裏で隠れながら眺めていたオーエンは肝が冷える思いをしていた。
(あいつはなにしてんだよ)
確か、あの人数は骨が折れるとか何とか言っていたはずだ。なのに敵陣のど真ん中に飛び込んでしまうとは、どういう考えなのだろうか。この場合は、気づかれないように人ごみに紛れて徐々に相手の戦力を減らした方が安全な気がする。
すでにホーリーを中心に五、六人集っている。残りの二十名ほども辺りの警戒をしながら、ホーリーに意識を向けていた。
(これは――)
時刻は四時半ほど、未だにこの通りの人ごみは多い。そんな中でオーエンたったひとりを見つけるのは困難を極める。更に連中は少なからずホーリーに気を取られている。
(なるほどな、おとり作戦ってやつか?)
一見、無謀な行動をしているホーリーだが、そう考えてみればなかなかに上手い。
警戒心が薄れている今、この中に紛れて行動するのは容易。オーエンだけでも何人かは削れるはずだ。
そう思ったオーエンは、男たちに不審がられないように、あえて大胆に通りに足を踏み入れた。人の流れに乗りながら、ゆっくりと連中の背後に回り込んでいく。
「で、なんの用?」
ホーリーを取り囲んでいたひとりが本題を聞いている。連中の意識がよりいっそうホーリーに集中するのをオーエンは感じた。
さて、かの王国守護天使の時間稼ぎ、見せてもらおうか。
「そこの彼と私で、君たちを病院送りにしてあげようと思ってね。ねぇ、オーエン君?」
ホーリーの放った言葉を理解する前に心臓がばくんと跳ねる。喧騒の中でもしっかりと不穏なワードが鼓膜を叩いた。
まるでさび付いた蝶番のようにカクついた首の動きで、ホーリーの方に顔を向ける。数え切れないほどの目がこちらを見つめていた。
「ほら、彼だよ」
と、極めつけにこちらを指さしてくる。
おかげでホーリーに集中していた男たちの意識、視線の全てがオーエンに突き刺さる。
恐らく、男たちも状況を理解しきれていないのだろう。確実にオーエンを視界に捉えているにも関わらず誰ひとりとして動こうとはしなかった。
だが、いち早く状況の不味さを理解したオーエンは、
「……はぁ⁉ おまっ、お前は馬鹿かああ⁈」
恐らくはアールメリア王国誕生以来の声量で叫んだ。
心臓がバクバクと躍る。血が沸騰しそうだった。多大な情報に脳が悲鳴を上げる。
「なんで居場所晒した? やっぱてめぇ裏切ったんだな‼」
「違うって、二人でどうにかするんだよ!」
「相手の人数見ろよっ! つーか見てるよな? 俺もお前も詰みかけてんだぞ!」
流石にこれだけの時間があってフリーズしているほど、連中は馬鹿ではない。もうすでにホーリーは包囲されているし、オーエンの方にも何人か向かってきていた。
「あぁ、彼らか――」
そんな絶望的な状況下にも関わらず、ホーリーの心はなんら揺らいではなかった。
詰み? これが? あの青年に自分は随分甘く見られているらしい。
「嬢ちゃん、病院送りにするとか言ってるけどさ、あいつの言う通り結構やばいんじゃない?」
「この人数差だぜ?」
親指で後ろを指す男。確かに、背後に控えているのはどうしようもない人数だ。
数の力とは絶対的だ。それも一対六の白兵戦ともなればこの絶対性は確実なものとなる。
どれだけ力があろうと、どれだけ技術があろうと限界はある。
あくまで一般的に見ればだけど……とホーリーは内心口を歪ませた。
反応の薄いホーリーに痺れを切らせた男が、ホーリーを痛めつけるために手を伸ばす。
「聞いてん、ぐふっ」
だが――
その手は届かなかった。
「……まじか」
そうつぶやいたのは、どうにかホーリーに加勢しようと駆け寄っていたオーエン。
あのどうしようもない状況下。包囲されていた圧倒的逆境。
体格、人数で上回っていた相手を――
あの少女は一瞬でのしてしまった。
地面を転がる六人の男たち。その全てが気を失っている。
「穢れを知らない乙女に、汚い手で触れないでほしいね」
一体、何が起こったのか。
(冗談キツイぞ、おい)
ほんの刹那の時間だった。オーエンの目で捉えられたのは初撃――それも攻撃を終了した一瞬の姿だけ。ホーリーに触れようとした男の顎に膝蹴りをぶち込んだ、僅かな滞空時間しか見えなかった。
そして、今に至る。
恐らくは似たようなことを残りの五人にしたのだろう。想像を絶する速度。まさに超逸絶塵だ。
「すげぇ」
ホーリーの加勢に入るのも、追っ手を気にするのも忘れるオーエン。ホーリーの圧倒的な戦いに見入ってしまっていた。
オーエンを追っていたはずの連中も、もはやオーエンのことなど視界に入っていなかった。ただ自分たちの仲間を一瞬で六人も片づけた恐るべき少女に釘付けになっていた。
「なんだこいつっ⁈ くそ強えぇ」
「数だ、数で押せ!」
オーエンの追っ手に加え、後ろに控えていた男たち。計八人が一斉にホーリーに飛び掛かる。数で押し、何人かで押し潰す算段と見た。
なるほど。一般的な考えに沿えば最善と言えるだろう。何せ数とは絶対的な暴力だ。
だが、忘れてはならない。
たった今、数に頼った六対一の白兵戦で、ちっぽけな少女になすすべなく完封されてしまったという事実を。
そしてその事実は……少しばかり警戒心を強め、人数を重ねたところで簡単には覆りはしないということを。
「ふふ、男の子に逃げられるのは結構悲しいけれど、こうもモテてしまうとそれはそれで悲しいねぇ」
「おい! 後ろにも来てんぞ!」
恐らく、ホーリーからは見えていないであろう、背後から迫る九人目の男。その手には刃物が握られていた。
オーエンの忠告が聞こえているのか、聞こえていないのか。ホーリーは未だ余裕をかましている。
即座にオーエンは援護へと向かった。
あの戦闘能力ならなんら問題のない脅威かもしれない。そう思っていてもオーエンの足は止まらなかった。
オーエンが駆けだしたのと同時に、ホーリーが自身を包囲しようとする男たちに立ち向かう。その口は楽し気に歪んでいた。
「やっと来たね? じゃあ――」
オーエンはホーリーに迫る刃を防ぐため。ホーリーは自身に迫る多勢を屠るため。互いの目的のために駆け……今、交差した。
全速力ですれ違うふたりの耳に、ある言葉が聞こえた。
オーエンの耳には、
「レッツロールだっ‼」
ホーリーには、
「さ、お料理の時間だ」
と。
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