006 運搬と石包丁

「えっと、遺伝子改良技術というのはですね……」


 亜希が真剣な表情で説明し、それを晴菜は「ふむふむっす!」と相槌を打ちながら耳を傾けている。

 晴菜はしばしば「なるほど」や「そういうことっすか」と言っているが、本当に理解しているのかは疑わしい。

 少なくとも、俺には理解できなかった。


 そんな俺はというと、自分のステータスをチェックしていた。

 視界の隅に表示されている半透明のUIも気にならなくなってきていた。


――――――――――――――――――――――

【名前】久世 悠希

【順位】4位

【狩猟】282 (G)

【採集】168 (G)

【農業】0 (G)

【製作】331 (G)

【料理】0 (G)

【医療】72 (G)

――――――――――――――――――――――


 前に確認した時は15位だったのに、ずいぶんと上がったものだ。

 三つ首ライオンの討伐で【狩猟】が爆上がりしたのが大きい。

 くくり罠と木の槍を作ったことで【製作】が、それらの材料を集めたことで【採集】が上がったのも効いている。


(順位報酬っていくらだっけ……?)


 思わず考えてしまう。

 別にランキングの上位を目指しているわけではないのに。


「で、ゆーきん!」


 晴菜が俺の名を呼んできた。

 どうやら遺伝子の改良技術に関する説明が終わったようだ。


「このライオン、どうするっすか?」


「もちろん余すことなく有効活用するさ。まずは川まで運びたい」


「川までですか?」


 亜希が首を傾げる。


「血抜きや解体をするなら、水場の近くが楽だからな。とはいえ、このライオンは相当な重量だ。まず間違いなく200キロは超えている」


 亜希は顎に指を当て、「ですね」と同意した。


「大柄な上に頭が三つもありますから」


「そんなに重いんじゃ運べないっすよ!」


 晴菜はあっけにとられた様子だったが、俺はニヤリと笑った。


「問題ないよ。サバイバル技術には、こういう重い獲物を効率よく運ぶ方法がいくつもあるんだ」


「へえ、どうやるの?」


「簡単だ。樹皮やロープ代わりのツタを使って〈引きずり台〉みたいにすればいい。なだらかな地面があるから、そこを滑らせる形で移動させるんだ」


 俺は足元のツタを数本拾い、木の枝と組み合わせて試作品を作ってみせた。

 複数の枝を並行に並べて横木で固定し、ライオンの下に滑り込ませていく。

 そしてツタを束ねて手綱のようにする。

 さながら雪車そりのようだ。


「すごい手際っすね! そしてやっぱり神評価の連発! でも、そんなに上手くいくっすか?」


 晴菜が目を輝かせて近づいてくる。


「地面との摩擦が多少あっても、テコの原理を応用し、引き方を工夫すればどうにかなる。見てろよ」


 俺はツタを肩にかけ、ゆっくりと引っ張る。

 ずしりとした感触はあるものの、スムーズにライオンの死骸が動く。


「うお、すごいっすね! ゆーきんなら2、3頭同時に引きずれそうっす!」


「はは、さすがにそれは無理だ」


 俺は苦笑いで答えた。


 空模様に怪しさが見られるので、雨が降るかもしれない。

 ……が、まだ余裕がありそうだ。


 今のうちにやれるだけのことをやっておこう。

 ライオンの死骸を引きずりながら、俺たちは川へ向かった。


 ◇


 川辺に着いた。

 先ほどはライオンのせいで見られなかった川を観察する。


 一見すると水質はいい。

 透き通った綺麗な水が絶え間なく流れている。

 大きな石や中洲のような場所もあり、飲み水を確保するにはもってこいだ。


 そのまま飲んでも問題ないようにすら思える。

 しかし自然の水は、見た目が綺麗でも油断はできない。

 細菌や寄生虫をはじめ、見えない化学物質などのリスクがあるからだ。


「ここでたっぷり水を確保したい。亜希、煮沸するぞ」


「分かりました」


「私も手伝うっすよ!」


「なら二人は火熾しを頼む。他の作業は俺がするから」


「「了解!」」


 近くにちょうどいい竹林があったので、竹筒を作ることにした。

 適当な石で叩いて強引に折ると、同じ石で削って形を整える。

 石の細かいギザギザが加工に役立つ。


 頭上に『神』の字が浮かぶ。


「すごいですね、悠希くん。神評価ばかりです」


「ずるいっす!」


「ふふふ」


 気を良くした俺は、ダメ押しで竹筒の蓋も作った。

 案の定、これも神評価になる。

 こうして、数本の竹筒が完成した。


「こっちは済んだけど、そっちの調子はどうだ?」


 二人の様子を確認する。


「つ、つきました!」


 亜希は火熾しに成功していた。

 川辺に見事な焚き火ができている。

 頭上には『中』の字が浮かんでいた。


(俺がAIだったら高評価を与えるが……厳しい採点なんだな)


 そんなことを思いつつ、晴菜のほうも見ると。


「ダメっすー! ダメダメ!」


 こちらは火がつく以前に煙すら出ていなかった。


「もうお手上げ!」


 晴菜が両手を上げて降参のポーズをすると、頭上に『失敗』と出た。

 五段階評価の最低であり、この場合はポイントを獲得できない。

 つまり晴菜の努力は徒労に終わったわけだ。


「人には得手・不得手があるさ。晴菜はいくつか小石を集めてくれ。竹筒が倒れないように周囲に置きたいんだ」


「了解っす!」


「亜希は火の番を頼む。ちょうど焚き火の火力を安定させてほしい」


「はい」


 俺は竹筒を川で洗ったあと、焚き火で炙った。

 これは〈油抜き〉と呼ばれるもので、汚れを落とすのに用いられる。


「これで飲み水の問題は解決できたな」


 綺麗になった竹筒に水を汲み、それを焚き火で熱する。

 しばらくすると沸騰するだろう。


「さて、次はこのライオンを解体するか」


 無造作に横たわったままの三つ首ライオンに目を向ける。


「解体って……どうやってやるっすか!?」


 晴菜が目をパッと見開いた。


「もちろん刃物を使うよ。ナイフか包丁がないと話にならないからな」


「でも、私たちには何の道具もないっすよ! 竹の時みたいにギザギザした石でやるんすか?」


「石を使うのは正解だけど、そのままだと使えないな。さすがに切れ味が悪すぎる」


「すると、磨製石器ですね」と、亜希が口を挟んだ。


「正解だ」


「歴史で習ったやつっす!」と晴菜も声を弾ませる。


「では作っていこうか」


 石器づくりで大切なのは石の選定だ。

 適当な石を磨けばいいというものではない。


「お! いいのがあるじゃねぇか!」


 地面に散らばる石の中に、なんと黒曜石が眠っていた。

 ガラス質の岩石で、割れやすいものの、割れた断面の鋭さには定評がある。

 古代から石器や刃物として利用されていた。


 そんな黒曜石が、ソフトボールの球よりも大きなサイズで見つかった。

 これを使わない手はない。


 形を整えるため、俺は他の石で黒曜石の塊を叩いた。

 力加減が絶妙だったこともあり、塊は綺麗な貝殻状に割れた。

 これが黒曜石の特徴だ。


 そして、この時点ですでに実用的である。

 磨製石器ではなく打製石器としてなら文句ないだろう。

 AIも高評価判定を出している。


 しかし、俺が求めているのはもう一つ上のクオリティ。

 磨製石器だ。


 なので、貝殻状の黒曜石を丁寧に研いだ。

 硬い岩を使い、普通の包丁と同じように研ぎ澄ませていく。


「よし、できた」


 出来上がった黒曜石の石包丁は、我ながら完璧だった。

 繊細な光沢を放っていて、軽く触れるだけでも切れそうなほど鋭い。

 もちろん神評価だ。


「うわー、かっけーっすね! 私もやってみたいっす!」


 晴菜がうずうずしているので、俺は黒曜石の欠片を渡す。


「じゃあ、同じように削ってみるといい。力のかけ方をまっすぐにな。でも、やりすぎると割れすぎるから注意だ」


「了解っす!」


 晴菜が黒曜石の加工を始める。

 眉間に皺を寄せて必死に頑張っているが、クオリティは微妙だ。

 石包丁は、俺の物に比べて明らかに鋭さが足りなかった。

 案の定、評価は『中』止まりだった。


「なんでっすかー! 私だって頑張ったのに! ズルっすよ! ズル!」


 不満げな晴菜に対し、亜希が「いえ」と口を挟んだ。

 彼女は焚き火の傍に陣取ったまま続きを話した。


「晴菜さんの石包丁は、ここからでも悠希くんの物より劣って見えます。あと、作業中の手つきにも明らかな差がありました」


「しょぼーん!」


 ガクッと項垂れる晴菜。

 しかし、すぐに気を取り直してニコッと笑った。


「まあ、いいっす! 次はもっと頑張るっす! 目指せ神評価!」


 高い向上心だ。

 俺と違って1位を狙っているだけのことはある。


「悠希くん、煮沸が終わりました」


 亜希が知らせてくれた。


「じゃあ竹筒の蓋をして、一度川に浸けて冷まそう」


「分かりました。やりますね」


「待った! その作業は私がやるっす! ポイントは全て私のものっす!」


 晴菜が割り込み、亜希の作業を奪う。

 亜希は苦笑いしつつ、「ありがとうございます」と頭をペコリ。

 なお、この作業も中評価止まりだった。

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美女たちとの無人島スローライフ ~何をしても「神」評価の男、最強のサバイバル技術で無自覚に1位へ~ 絢乃 @ayanovel

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