一人

白川津 中々

◾️

「今年は帰ってくるのか」


スマートフォン越しにそう聞いてくる父親に「いいや」と返すと、「そうか」とそっけなく言われ、通話は終わった。


上京してから十年。帰省は一度もしていない。帰る理由もなければ金も時間もないのだ。シフト制の契約社員は安月給で年中仕事仕事である。


昔から家族という関係性はよく分からなかった。シングルファーザーの家庭はそこまで良質な生活環境ではなく、男二人が生きていくだけというような状態。中学からバイトもしていて食費の一部やライフラインは俺がまかなっていたから本当に父に対しては親という感覚がなかった。父が病気を患った時もまったく感情が変わらなかったから、死目に会えなくとも無念や後悔などは湧かないだろう。きっと、向こうも同じだ。


母親については、知らない。父親は「熊に食べられた」とか言っていたが、恐らく浮気でもされたのだろう。今更真相などどうでもいい話だが、もし、両親がいたらもっと別の生き方ができたのではないかと考えてしまう。自分の人生の責任を誰かに押し付けるわけではないが、それでも、やはり……


「……くだらない」


そうとも、くだらない。

片親だからなんだというんだ。俺は一人で生きている。しっかり、自分の足で人生を進んでいるのだ。それを自分で否定してどうする。これまで他人に哀れまれ、散々惨めな思いをしてきたくせに自己憐憫に浸るなど、愚かでしかないではないか。


「くだらない……!」


自分にそう言い聞かせ、仕事に戻る。周りから、「帰省」「実家」というような単語が聞こえる。ドラマで観るような一家団欒、自分には縁遠い幸せ。そんなものを想像し、奥歯を噛み締める。


「池尻くん、年末年始も頼むよ」


正社員の上司にそう言われ、和かに「はい」と返す。まったくデリカシーがない。のうのうと、何もせず、座っているだけで幸せを享受している人間のくせに!


……


「人生こんなもんだ……こんなもんなんだよ……」


誰にも聞こえないように呟き、俺はPCに向かった。キーボードに触れる指が、震える。


助けてくれ。


心中でひたすらそう叫ぶも止まらない。

誰も助けてくれはしないのだ。今までと、同じように。

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