episode3.商人との出会いと五百年間での出来事


 金の林檎討伐後、案内人となる筈であった駆け出し冒険者が死んでしまい、ViViはこの先どの様な手段を使用するべきかを悩んでいた。


「いやはや困ったな」


 ViViは軽く目を伏せると、どうしたものかと口元に手を当てた。

 現状、ViViに彼らを蘇生する術は無いのだ。アイテムとして蘇生薬が存在しているが、言わずもがな全てのアイテムを国に置いてしまっている為所持していない。

 蘇生魔法を施そうにも現在の職業ジョブは魔法使い、中界域の回復魔法は可能だが蘇生は不可能である。


 その他の手段として挙げたのは二つ。

 一つ目が飛行魔法による空からの脱出。だが飛行魔法には欠点が有り、長時間のしようが出来ない上にその他の魔法が行使できない。何よりも速度が非常に遅く、歩く速度と対して変わらないのだ。

 二つ目は転移系統の魔法による脱出。これもまた案に挙げはしたものの、長距離の移動はできず場所を記憶して置かなければなら無い。仮に長距離を移動する場合は専用のアイテム、“転移石”が無ければならないのだ。


 こうなれば最早手の打ちようが無く――


「…歩くか。地図すら手に無いのは些か問題であるがな」 


 ViViは地図すらない中肩を竦めて森の中を再び歩き始めたのであった。 


 



 森としては浅い場所であるとは言え、大樹海には変わりはなく、休む事無く歩き続けること半日以上…ViViは漸く大樹海より抜け出す事が出来た。

 抜け出した先は荒くではあるが舗装された土道であり、周囲には険しい山々が連なっている。


「…矢張りか。森としては随分とまた壮大であるとは思ったが、よもや“虚の森”であったとはな」


 ViViの言う虚の森とは、ArkNOVAに於ける五大陸が一つ、“ラナ大陸”南方に存在する大樹海である。

 虚の森の特徴として挙げられるのはウッドゴーレムの生息域である事と、侵入者の方向感覚を狂わせ脱出を困難にすると言う点である。

 大樹海であり方向感覚を狂わせると言う点から、踏み入る際には必ず魔導具に属する方位計の所持、もしくは専門の付き添い人が必要とされている。


 その様な森より脱出困難な状況でViViが選んだ選択、それは広範囲破壊魔法による強制的な道作りであった。

 然し虚の森などと言った特殊な森は、破壊された傍から修復されると言う特性を持っている。だがそれに対しViViは常に破壊魔法を発動し続けた。

 結果、本来よりも遥かに早い速度で抜け出す事が出来たのだ。

 

「ふむ。虚の森があるという事はこの国は――」


――ガラガラガラ

――ガラガラガラ

――ガラガラガラ


 ViViが現在いる国の名前を口に出そうとしていると、遠くより複数の馬車の進む音が聞こえて来た。

 音の聞こえた方へと目を向ければ、白と金で装飾された長方形の箱型の大型馬車が四台。その先頭には一層絢爛な白黒金の用いられた通常の箱型馬車が一台、此方へと向かっていているのが見えた。

 その周囲には乗馬した護衛と思わしき人間が複数、馬車を引いているのは馬ではなく走竜と呼ばれる中立の魔物である。


「ふむ。見た所貴族か大商会か」


 記憶に間違えが無ければあの型の馬車には複数の防御魔法が幾重にも組み込まれていたな。だが当然その分値が張る。そこらの貴族や大商会では早々扱う事の出来ない代物を五台とは、いやはやどの様な者が乗っておるのか。


 ViViがその様に考えていると、先頭を進む馬車の隣を進んでいた護衛が此方へと駆けて来る。


「馬上より失礼する。一つ聞きたいのだが、何故なにゆえ一人でこのような場所にいる?見た所商人では無さそうだが…」


 ViViへと声を掛けて来たのは、軽装を身に付けた青髪の女性。外見的にはかなり若々しく感じられる。


「なに、先程まで森の探索をしていたのだが、護衛を任せていた冒険者が死んでしまった故抜け出してきただけだ。なにやら警戒させてようで済まぬな」

「…そうでしたか。此方も高圧的な態度を取り申し訳ありません」


 彼女は、軽く頭を下げて謝罪の意を示す。だがその瞳はどこか、いまだに此方疑念を抱くような色をしている。


「…ふむ。俺からもひとつ聞きたのだが、お前たちは商人か?」

「え?それは…ええそうです」

「であるのならば疑念を振り払うと共に取り引きをせぬか?品はこれだ」


 未だ警戒の残る彼女に対して、取り引きを持ち掛けたViViは、収納リングより金の林檎討伐時に入手した黄金の果密を取り出す。

 現状ViViが取り引きに持ち出せる最高品質のアイテムである。


「…分かりました。少し、待っていて下さい」

「あいわかった。良き返事を期待しているぞ」


 彼女は小さく頭を下げると、主人の乗る先頭の馬車へと戻って行く。遠目からではあるが、先程の彼女が馬車に乗る主人と色々話しているようだ。

 すると話が着いたのか、その場に停止していた馬車が動き始めた。そうしてViViの目の前へと馬車が停止し、扉が開かれる。

 そこから現れたのは、髪の長いブロンドヘアの少女。パッと見10代半ばより一つ二つ後ろ程度にしか見えないものの、纏う雰囲気はそこらの大人よりも大人びて感じる。


「いやはや足止めしたようで済まぬな」 

「気にしないでちょうだい。それで?貴方が黄金の果密を持っているという事は本当なのよね?」

「うむ。これで良いか?」


 ViViは少女に対して自信の持っている黄金の果密を渡す。果密を受け取った少女は、ソレが本物であるかを確かめる為ルーペ型の魔導具を取り出した。


「ルーペ型の鑑定魔導具とはまた珍しいものを持っているのだな」

「当然じゃない。私は商人なのよ?本物かどうか確実に判断する為なら道具になんて幾らでも掛けるわ」

「はっはっはっ。正に商人であるな」


 鑑定魔導具と言う代物は鑑定眼と言う希少な技能スキルの付与された魔導具であり、その大半が水晶型もしくは石板のような物に付与されている。

 そのどれもが高価であり、ルーペ型などと言う小型の鑑定魔導具ともなれば大金貨が容易に吹き飛ぶ程だ。

 

 そうして軽く言葉を交わしている間に鑑定が終わり、少女はルーペを折り畳みポケットへと戻した。


「…貴方には色々聞きたい事があるわ。乗ってちょうだい」

「ほう?良いのか?もしやすれば俺はお前を殺す輩やもしれぬのだぞ?」

「あら、私の目を舐めないでくれるかしら?大商会の代表ともあろう人間が、人の本性を見抜けないでどうするのよ?いいから早く乗ってちょうだい?」

「はっはっはっ。あいわかった、此方としても歩かずに済むのは助かる故な」


 ViViは少女に絆されるがまま馬車へと乗ると、馬車は再び目的地へ向けゆっくりと動き始めた。馬車の内装は外装同様煌びやかな装飾が施され、そのどれもが超一級品であり防音魔法や疲労回復の魔法までもが組み込まれている。


「それじゃあ聞くけれど…て、その前に自己紹介ね。私は“アルフィシス・モルデリカ”よ。ま、名乗らなくても馬車の紋章で…は有り得ないわね。私が目の前にいるって言うのに反応ひとつ見せないんだから…それで貴方の名前は?」

「俺はVCII=ViVi。気軽にViViとでも呼ぶと良い」

「そうViViね。わかっ、た…わ……え?…はぁあああ?!ViViって貴方っ!グランディス帝国の皇帝と同じ名前じゃない!」

「……嗚呼、親が何も考えずに付けた名でな。よもや大国の皇帝と同盟だとは思わなんだ」

「……」


 ViViは自身の犯したミスに気付き、手をポンッと叩き手遅れながらも訂正する。何せ冒険者と遭遇した際には、名を名乗る事を忘れ流れで討伐へと同行した。

 その為何一つとして考えること無く、ViViは本名を名乗ってしまったのだ。五百年が経過しているとはいえ、大国を築き上げた皇帝の名が消える事は無いのは当然である。


「……まぁいいわ。これ以上追求したら逃げられなくなりそうだもの」


 とは言え彼女は大商会の代表である。頭は当然回る。故にもしかすればの可能性が強く根付き、頭を抱えて俯いてしまった。


(いやいやそんな訳ないわよね?!いやいや有り得ないわ!というか有り得ないでちょうだいよお願いだからぁあああッ!嫌よッ?!五百年姿を消してた皇帝拾うとかっ!もし本当にVCII=ViVi本人だったら…いやぁぁああああッ!!)


 アルフィシスは最悪の可能性に乱心してしまい、頭を激しく振りながら髪をかき乱してしまう。

 

「ふむ。なにを取り乱しているのかは分からぬが、今この場におるのは旅人と商人。そうであろう?」 

「…そうね。それ以上でもそれ以下でも無いわ。ごめんなさいね、取り乱しちゃって」


 ViViの言葉に落ち着きを取り戻した…様に見えるが、彼女は単に何も考えず諦めただけなのである。

 そうして一先ずの落ち着きを取り戻したアルフィシスは、先程ViViより提示された品に見合うだけの取り引きを始めた。


「それで?貴方が欲しいのはなんです…っ何かしら…」

「本来であれば金が欲しい所ではあるが、現状に於いては情報出であるな。これに地図が加えられれば有り難い」

「分かったわ。私の今知る情勢を教えて上げる。当然地図もね」


 それから先、ViViが彼女より聞いた話によれば、現在いる場所はラナ大陸に在る“ルージアス守王国”であり、その内の南方に位置するカルザン都市近辺との事。

 ViViは地図を開き、五百年前よりどれ程変化があるのかを確認する。


 結果、過去より現在まで存在している国は五つ。

 

 一つ目が此処、ルージアス守王国である。

 ルージアス守王国には守護竜と呼ばれる最高位の竜がおり、戦域は確認されていないものの第一戦域以上は確定と言われている。その為八百年以上もの平和が保たれている。


 二つ目が世界最大の信仰者を有する宗教国家、“神聖法国イストル”。

 ArkNOVAの世界を想像したとされる女神を進行する宗教国家であり、世界各地に教会を置いている。


 三つ目が強者の国と称される“日ノ和の国”。

 日ノ和の国は軍としてでは無く個としての強さが非常に高く、何よりも世界で最も歴史の長い国として有名である。


 四つ目が嘗て・・二大帝国と仰がれた片翼、“魔導帝国アルドスバルデ”。

 魔導帝国と付くだけあり、世界最高峰の魔導具や魔導師を排出している。そして現皇帝は初代皇帝でもあり、消失した皇帝の盟友として知られている。


 残る五つ目は最強の国と呼ばれた帝国、二大帝国の片翼でもある“グランディス帝国”。

 世界に於いて随一の国力を誇る帝国であり、測定不能戦域とされる怪物を家臣に置いていた事から、世界の監視国と恐れられている。


 その他の国は末代わり、ViViの知らない国へと成っていた。


「…これは独り言なのだが、此処五百年間はどの様な出来事があったのであろうなぁ」

「ぅ"…い、今から言う事は全部独り言よ…?」


 互いに面倒事を避けたいと言う思惑からか、全てに於いて独り言で片付ける事にしたようだ。


 そうしてアルフィシスより語られた五百年の出来事は実に壮大なものとなった。その為主要な事のみを上げよう。


 まず初めにViViが消失、サーバーが終了し強制ログアウトさせられてから直ぐさま、五爵王と呼ばれる重臣が秘密裏に捜索隊を組み世界へと放った。

 それより十年後、この事は隠し切ることに限界が生じ、世界へと公にされた。この出来事は歴史の一頁に、“皇帝消失事件”として記される事となった。


 時は流れ百年後、大規模な大陸戦争が幕を開けた。大陸戦争が起きたのは中央大陸、リクト大陸であった。

 発端は小さな新王国からであり、当初は問題なく終戦するかに思われた戦争は段々と肥大かしてゆき、最終的には大陸全土を巻き込んだ大陸戦争迄に発展してしまった。

 そして最終的には発端の国が大勝利を手に取り、今や三大帝国の一角として名を馳せるまでに至った。


 更に三百年後、グランディス帝国にて起きたもう一つの大事件。五爵王が筆頭、龍王の大暴走である。如何にして龍王が暴走へ至ったのかは知られていないが、最早止めようのない迄に暴走をしてしまった龍王は、五爵王ほか各都市長と実力者らの手によって封印されたと言う。

 そして今や皇帝の消えた帝国では、残りの五爵王が筆頭となり国を牽引しているとだとか。


 最後に今より百年前に突如出現したとされる魔王を名乗る存在。現状魔王自身の実力は把握されていないが、四天王と呼ばれる魔物の強さは測定不能戦域だとされている。

 だが強国からしてみれば手の打ちようはある為、現状対して気には止めてないと言う。


「はっはっはっ。中々に愉快な事になっているのだな」

「いやいや内二つは貴方の…なんでもないわ…」

 

――コンコンコンッ


 その様に長々と話をしていれば、外から窓を三度叩く音が聞こえてきた。どうやらノックの主は先程の女性であり、もう暫くで都市カルザンに到着する事を伝えてきた。


「思ってたよりも長々と話してたのね」

「いやはや会話とは良いものだ」


 ViViがカーテンの掛けられた窓より少しばかり外を覗けば、眼前には山々を土台として創建された中規模の都市が待ち構えていた。

 都市は防壁では無く結界に守られている為景観を壊すことは無く、周囲には大川が流れ辺りの光景と交わり実に神秘的な雰囲気を漂わせている。


「それじゃあViVi。まずは――偽名を考えましょう…」

「であるな」

 

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ArkNOVA〜第二の世界で第二の人生を〜 時川 夏目 @namidabukuro

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