第4話・ネコちゃんには敵わない

 自然の息吹を感じられるログハウス、がドリンクバー男のアジトだった。隙間風めっちゃ寒そう、冬に来るところではない。

 バイクが停まっているから、ドリンクバー男は中にいる。ドアノブを掴んで回してみると躊躇なく、私たちを招き入れるように扉が開いた。

 殺風景なワンルーム、中央に据えられたソファーには、ドリンクバー男が不敵な笑みをニヤニヤ浮かべて腰掛けていた。


「警察? いや、探偵か?」

「ファミレスのバイトです」

 なぁんだバイトか。と、ドリンクバー男はナメた表情で私たちを見下している。

「あなたでしょう!? うちの店のネコちゃんに何かしたのは!」

「ハッハッハ、ご明察。店内Wi−Fiを使って、プログラムをいじらせてもらったのさ。どうだ? 当たり前の日常に裏切られた気分は」


 私が睨んだとおりだった。あのスマホ画面の文字列は、ネコちゃんロボットを暴走させるプログラムだったんだ。

「それで、俺に何の用だい? ネコちゃんロボットは、プログラムどおりに動いている。それにここは電波が弱い山奥、プログラムを書き換えられない。俺をどうこうしようと、ネコちゃんを止められないぜ?」

「わかった、そのプログラムっていうのを教えて」

 マッドサイエンティストらしく、ドリンクバー男は得意になってネコちゃんを操っているプログラムを語りはじめた。


「まずは店内の客に危害を与える。今は真冬、熱々メニューが目白押しだ。それらをひっくり返せば、パニックになる。簡単なことだ」

「そうね、あなたの望みどおりになったわ。お陰でうちの店は長期休業、系列店はネコちゃんロボット使用停止よ」

「そうだ! 俺たちのバイト代を払え!」

 ネコ耳先輩、黙っていてくれないかな……。休業補償はしてほしいけど。


「脱走したネコちゃんから、他の店舗のネコちゃんにデータを送信させて仲間を募る。そして在日米軍キャンプや自衛隊の駐屯地、花火工場などから火薬を強奪する。ネコちゃんは大人気、液晶モニターの表情に気を許してしまうバカばっかりだ」

「それも、あなたの望みどおり。他の店からも脱走したから、あんなにたくさんのネコちゃんが爆薬を盗んだのね? 世界の防衛政策が揺らいだわ」

「ペンタゴンも真っ青だ! 先輩マジすげぇッス」

 だからネコ耳先輩は黙っていて! これで本当に工科大学生なのか。先輩もマッドサイエンティストの気質がある、これを最後に距離を置こう。


「その爆薬をどうするの?」

「俺を理解しなかった大学、科学の発展を阻む国家機関に突入させる。テロや戦争、クーデターに使われる研究はさせないなんて、バカげている。人間の歴史は戦争の歴史、そうは思わないか?」

 ネコ耳先輩が感心し、深々とうなずいていた。

「確かに」

「納得するな! 私は、そうは思わない。それに、あなたには誤算があったのよ。ネコちゃんロボットが今、どこに向かっているか知っている?」


 ドリンクバー男は腰を浮かせて、怪訝に眉を歪めていた。このログハウスにはテレビがない、ラジオもない、スマホで動画を再生しても画面に輪っかがくーるくる。

 ネコちゃんの情報とプログラムの書き換えを天秤にかけて、プログラムは完璧だから情報はいらないと、高速大容量のデータ通信が出来ない山奥に引っ込んだ。そのおごりがドリンクバー男の誤算だった。


「まさか……思い出した! お前、俺をファミレスから追い出した店員だな!?」

「そうよ、それが功を奏したようね。送信中に退店したから、プログラムを完璧には受け取れなかったみたいなの」

 ドリンクバー男は血相を変えた。不完全なプログラム、彼にはその行く末がわからない。

 でも、私にはわかる。ネコちゃんロボットと一緒に働いていた、ファミレスバイトの私になら。


「ネコちゃんロボットには帰巣本能があるの。厨房から料理を受け取って、指定されたテーブルに配膳したら、必ず厨房に帰ってくる。配膳するテーブルがわからなかったら、厨房に戻って行き先を聞いてくるの」

 今のネコちゃんロボットの厨房は、在日米軍キャンプや自衛隊駐屯地、花火工場。料理は背中に載せている爆発物だ。配膳先はドリンクバー男を退学にした大学と、テロや戦争につながる研究をさせない国家機関。


 ところが配膳先のデータが抜け落ちたから、ネコちゃんロボットは厨房に帰らないといけない。普通なら爆発物を受け取った場所に帰るんだけど……。

「ファミレスバイトの私に、プログラムとか専門的なことは、わからない。でもネコちゃんは、あなたのところに帰っているの。だって、あなたがデータを書き換えたマスターだから」

 ドリンクバー男はスマホを開いて、プログラムを確かめた。一瞬で真っ青になったから、私の予想は当たったらしい。


 そのとき、微かなモーター音がログハウスにまで届いて響いた。ネコちゃんロボットは、もう目前。

「ヤバい、逃げるぞ」

 私とネコ耳先輩はログハウスを立ち去って、車に乗って山を降りた。バックミラーにはログハウスを飛び出してバイクに跨り、冷えたエンジンを必死にかけるドリンクバー男が映って、小さくなって見えなくなった。


 すぐに、ネコちゃんロボットとすれ違った。液晶画面は、大きな瞳をうるうるさせて、やっとお家に帰れるにゃー、やっとご主人様に会えるにゃー、と嬉し泣きする顔を表示していた。

 私には詳しくわからないけど、ドリンクバー男のスマホを目指しているんだろう。データを送信したアドレスが、今のネコちゃんたちのお家なんだ。

 スマホを遠くに投げ捨てれば、ドリンクバー男は助かるかも知れない。それに気づいて助かったら、うちのファミレスでフードメニューを注文してね。ネコちゃんロボットが配膳してくれて、どれを食べても美味しいから。


 そしてその日、山がひとつ消えた。

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ネコちゃん戦争 山口 実徳 @minoriymgc

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