第3話・ネコ耳先輩

 在日米軍、某キャンプ。

「ワーオ、ネコチャーン」

 と、隙を見せたが運の尽き。数え切れないほどのネコちゃんロボットはタイヤを鳴らし、キャンプの中を全力疾走。国家機密に関わるので侵入した手段は不明だが、弾薬庫から奪った爆弾をトレーに満載させて、キャンプを脱出していった。

「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」

「やめろ! キャンプも日本領もドカンだぞ!」

 米兵は悔しさのあまり、アサルトライフルを地面に叩きつけていた。


 *  *  *


 自衛隊、某駐屯地。

「こらこら、ネコちゃんの来るところじゃないぞ。お店に帰りな?」

 と、隙を見せたが運の尽き。ネコちゃんロボットは自衛官を突き飛ばし、隠れていた仲間を引き連れて駐屯地を駆け抜けていく。国家機密に関わるので侵入した手段は不明だが、奪い取った弾薬をトレーに満載させて、駐屯地から脱走した。

「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」

「やめろ! 市民に危害が加わるぞ!」

 自衛官は不甲斐なさのあまり、構えた拳銃をじっと睨んで涙した。


 *  *  *


 某所、花火工場。

「ん? 何だ、こいつは」

「親父、知らねえのかよ。ファミレスのネコちゃんロボットだぜ? でも、何で……」

 と、疑問を抱いたのが隙となった。親父も跡継ぎも振り切って、来たるべき夏を待つ打上花火を背中のトレーに載せていく。

「おい! やめろ! そいつは俺が丹精込めて」


 逃走するネコちゃんを親子で止めようとしたものの、どういうわけだかゴキゲンな顔が目の前にまで迫ってしまうと、行く手を阻んでは悪い気がして、ヒョイッと避けてしまうのだ。

「俺の花火が! 魂込めた四尺玉があああああ!」

 はじめて目にする親父の涙が、次第に潤み霞んでいった。ネコちゃんに気を許した俺なんかに、跡を継ぐ資格はないのだと。


 *  *  *


『すっげぇな! ペンタゴンもネコちゃんロボットに真っ青だぜ!?』

 電話をかけたら興奮しているネコ耳先輩、これが平和ボケなんだなぁと私は呆れた。

「そんなことより、ドリンクバー男の居場所はわかったんですか?」

 国家を揺るがす一大事なのに、私もそんなことと言ってしまった。先輩もそれに呆れて、やれやれと私に小言を言った。


『そんなことって……ネコちゃんロボットを止めるのが先じゃないか?』

「ネコちゃんを暴走させた首謀者なら、止められるかも知れないじゃないですか」

『そうかも知れないけど、優先順位があるだろう』

「だって自衛隊も、在日米軍も捕まえられなかったんですよ? それでネコちゃんロボットは、どこに向かっているんですか?」


 テレビ中継しているとネコ耳先輩が言ったので、私もリモコンのボタンをモチッと押した。

 爆走するネコちゃんロボットを、ヘリコプターで追いかけていた。アナウンサーのけたたましい声がうるさい。

 うちの店にいたネコちゃんの、何倍もいる。あのドリンクバー男は、他の店のネコちゃんにもハッキングして、プログラムを書き換えたんだ。どの子も爆発物を背負っているから、危なくて誰にも止められない。


「あー、やってますね。これ、どこなんですか? 山道みたいなんですけど」

『えーっと……あ、道案内の標識が映った。地図で調べるから、ちょっと待って』

 それきり黙ったネコ耳先輩だったけど、電話越しに高まる緊張が伝わってきた。

「……先輩、どうしたんですか?」

『ハッカー先輩のアジトに向かっているっぽい』


 ハァ!? アジト!? ていうか、ハッカー先輩って誰だっけ? あ、ドリンクバー男か。呼び名を統一すればよかった。

 でも何で、と抱いた疑問はネコちゃんと過ごした日々を思い返して、一瞬で晴れた。

「ネコ耳先輩! ドリンクバー男が危ないです!」

『……え? 誰それ』

「あ、すみません。説明すると」

『要するにハッカー先輩が危ないんだろう!? ネコ耳の説明は後でいいから、ドリンクハッカー先輩のところに行くぞ!』

 混ぜた。マジでドリンクバー男だ。


 ネコ耳先輩の車に乗って、ネコちゃんロボットを追いかける。

 いや、追いかけるだけじゃない。追い越してドリンクバー男……ハッカー先輩? ドリンクハッカー先輩……やめろ混ぜるな危険なんだよ! ドリンクバー男のもとへと急ぐ。

「いた! ネコちゃん!」

「やっべぇ……マジで爆薬だらけじゃん」

「怖いんだったら、一気に抜き去って!」


 暴走しているネコちゃんだけど、店内をウロウロするだけだからタイヤは小さい。全速力で走っても法定速度より少し遅いくらいだった。

「ひょえー怖えーコケるなよーコケたらドカンなんだぞー」

「先輩、怖いこと言わないでください」

 私もネコ耳先輩も手に汗握って、ネコちゃんロボットを少しずつ少しずつ追い抜いていった。すべてを抜き去り、車間をじわじわ離していって、カーブでネコちゃんたちの姿が消えて、ようやく私たちは緊張の糸を緩められた。


 深い深いため息をふたりでついて、チラッと横目に笑い合った。でも、これからが本番だ。ドリンクバー男にネコちゃんたちの暴走を止めさせないと。

 そう決意して拳を握りしめると、ネコ耳先輩が何の気ない素振りをしてみせて問いかけてきた。

「ところでネコ耳先輩って、誰?」

 ああ〜、説明しなきゃダメなのか……。ドリンクバー男のアジトに、早く着いてくれないかな。

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