第2話・ネコちゃんロボット大暴走
店長がヒョコッと首を出した頃には、もう遅い。
すべてのネコちゃんロボットが暴走し、テーブルの急所を突いていた。あんかけうどんが降り注ぎ、スンドゥブチゲがひっくり返り、固形燃料がお客様に火を点ける。ホールは阿鼻叫喚の地獄絵図、とりあえず手にした水を固形燃料に浴びせて鎮火。どのお客様から謝ればいいのか、わからない。仕方なく店長は、厨房を出てすぐのところで悲痛に叫んで、ペコペコ頭を下げていた。
「申し訳ございません!」
「クリーニング代!」
「救急箱!」
「救急車だ!」
「119に電話しろ!」
真冬の熱々あったかメニューが裏目に出ている。
いや、普通はこうならんやろ。
するとネコちゃんロボットたちは列を成し、厨房へと帰ることなくドアを押し開け、バリアフリーのスロープを降りて店外へと出ていった。
それを止める者は、誰ひとりとしていなかった。
だって、ネコちゃんが困っちゃうから。
って! 何で!? どうして私も止められないの!?
私はホールを店長に任せてネコちゃんを追った。
しかし車道に出たネコちゃんは、ギャンギャンとタイヤを鳴らして猛ダッシュをして、どこかへ走り去っていった。
ヤバいよ、これはヤバいよ。
そうだ、ドリンクバー男の仕業に違いない。よくわからないけど、あのスマホ画面が異常に怪しい。
私は厨房に飛び込んで、一目散に電話へ向かう。
が、店長の指示に従い、バイトの先輩が救急車を呼んでいる。
厨房を走り抜けてロッカー室へ。自分のロッカーを開け放ち、勤務中は所持禁止のスマホを掴んで、110。
「事件です。うちのネコちゃんが暴走して、店から脱走しました」
私は何を言っているんだ。
* * *
激怒するお客様の名前と連絡先を聞くのは、大変だった。謝っているのか聞き取っているのか、わからなくなるほどだ。ネコちゃんロボット導入で店員は少ないせいもあっただろう。
救急車が何台も乗りつけて、店の駐車場や路肩を埋めた。火傷が酷いお客様を搬送するはずが、人数が多すぎて病院がなかなか見つからない。
と、そこへパトカーがやってきた。みんなが何でパトカー? と首を傾げている中から、私ひとりが駆け寄っていく。パワーウィンドウが下ろされて、警察官が眉をひそめて私を見上げた。
「何だかよくわかんないけど、何があったの?」
「うちの配膳ネコちゃんロボットが暴れて、店から脱走したんです」
「は?」
「ですから……あのね、お巡りさん? うちの店、使ったことありますか?」
「あるある、使うよ。ネコちゃんロボもよく知っている。で、それが暴走して脱走って、何?」
「ああんっ、もう! いいから防犯カメラ見てください!」
その旨を店長にお願いすると、矢面に立たなくてよくなると知って、急に元気を取り戻した。警察官を事務所に招き、防犯カメラの映像を見せる。働いていたネコちゃんたちが一斉にピタリと止まり、次の瞬間から暴れ出した。これを見た警察官は、あんぐり開いた口を塞げずにいる。
「うわぁ……怖え……こりゃあ酷い」
「今まで、こういうことなかったの?」
「ネコちゃんロボットはお利口ですから」
と言ったのは、映像を再生した店長だ。私はドサクサに紛れて、一緒に視聴している。でも、そうでないと困るんだ。
「もう少し戻してください。これこれこのドリンクバー男! この人がずっとスマホいじってて、退店してからネコちゃんが暴走したんです!」
私が必死に訴えても、警察官も店長も「へぇ」と気の抜けた返事をした。
絶対に怪しい! スマホの画面がバァーッ! とスクロールしたんだから! と言っても防犯カメラの映像では確認出来ない。
警察官は動画をメモリーに保存して、ネコちゃんの故障か何かだろうから本部に連絡してください、と言って警察署へとパトカーを走らせた。それを見送る店長は、まだ病院が見つかっていない救急車があると知って、頭を抱えてうずくまった。
どうしてわからないかなぁ、絶対にドリンクバー男が怪しいのに、と私は事務所に戻って防犯カメラ映像を睨んだ。
するとそこへ、119番をしていたネコ耳先輩が映像を見て、その釘付けになっていた。いや、先輩はネコ耳つけてないけれど。ネコちゃんのネコ耳がアンテナだって教えてくれたから、ネコ耳先輩。
「……先輩。もしかしてこの人のこと、知っているんですか?」
「知ってる……大学で有名なハッカーだ」
「ハッカァァァァァ!? 何で警察スルーしたの!?」
私の怒りの矛先は、ドリンクバー男から警察へ、そして何故かネコ耳先輩に向いていた。ネコ耳先輩は自分が怒られた気になって、たじろいでいる。
「学校のホームページを腹いせに荒らして、退学になったんだよ。学内のことだから、表沙汰にはしていないんだ。学長が事なかれ主義でさ」
「腹いせって、何のですか!? ネコちゃんロボットの暴走と、何か関係あるんですか!?」
私の勢いを怒っているみたいに感じたのか、ネコ耳先輩は逃げ腰になっていた。ちょっと! 怒っていないんだからね!? いい加減にしないと怒るよ!?
「詳しくは知らないけど……テロとか戦争とかクーデター? そういうヤバい研究をしていたって」
私はハッと立ち上がり、ふたりきりの事務所で声を上げた。
「ネコちゃん使ったサイバーテロっていうこと!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます