ネコちゃん戦争
山口 実徳
第1話・終末のディナータイム
東京郊外、週末のディナータイム。私が働くファミレスは行列はしないが混雑していた。遊び疲れた家族連れが、もう遅いし晩ご飯の支度は面倒だからと、四人席を埋め尽くしている。
欲望の赴くままに選んだメニューが、厨房のモニターに表示される。ハンバーグはお父さんで、シーフードドリアはお母さん、ラーメンがお兄ちゃん、キッズプレートは末っ子ちゃん、かな?
真冬だから温かいのがよく出るね、お店も激推ししているもんね。
それらを、マニュアルに沿って調理する。鉄板を熱々にして、温めたレトルトハンバーグを載せる。ドリアはチン、ラーメンもチン。キッズプレートは細々と用意するから、ちょっと大変。
レトルトレンチンだからと、侮ってはいけない。今のレトルト冷凍食品は高級品もあるし、安くても美味しいんだぞ。実際、うちの料理は評判がいい。だから、こんなに混んでいるんだ。
あと女子の制服が可愛いのも、ちょっとある。私がバイト先に選んだ理由だから、間違いない。
配膳ロボットが厨房の前に帰ってきた。
省人化で導入された配膳ロボット。筒形で、背面に何段もトレーを備えている。その上部の液晶画面には冷たい感じがしないように、みんな大好きネコちゃんの顔を表示している。ご丁寧にネコ耳もついていて、これがアンテナなんだと工科大学の先輩が言っていた。へぇ。
私はそれに鉄板熱々ハンバーグ、熱々のドリア、温かいチャーシューメンとキッズプレートを載せ、テーブル番号を入力し「いってらっしゃい」とネコちゃんの鼻をタップした。
画面のネコちゃんは嬉しそうな顔をして、くるりと回って注文されたテーブルを目指す。ゆっくりとした動きだが、決して遅くはない。
と、厨房に帰るネコちゃんと鉢合わせになった。
互いに困った顔を表示して、お客様が優先だからと帰りのネコちゃんがおずおずとバックして、道を譲った。配膳のネコちゃんは、嬉しそうな顔を表示してテーブルに向かう。
これを見た子どもたちは、お利口さんだと喜んでいる。お母さんは可愛いと、お父さんはよく出来ていると感心していた。
私も、よく出来た配膳ロボットだと思っている。
ただ不思議なのは、お客様までもが配膳ロボットに道を譲っていることだ。
トイレに立ったお父さんが、直進するネコちゃんを避けている。通り過ぎるのを待ってから、改めてトイレへと向かう。
これが人間だったら店員が避けて、お客様に道を譲らなければならない。それが当然だと思っているし、お客様が避けてくださったときなどは、こちらが恐縮してしまう。
しかし配膳ネコちゃんロボットには、誰もが道を譲ってくれる。行く手を阻めば、料理を待つお客様に迷惑がかかる。それ以前に働いているネコちゃんを邪魔してはならない、ネコちゃん頑張っているんだから、そんな雰囲気がお客様から醸し出される。
ネコちゃんロボットは、このファミレスで最強の存在じゃないか。そんなバカなと苦笑いして、その考えを掻き消した。
人間だって、裏方に回って頑張っているんだけどなぁ、レンチンばかりでも。
なんて、ちょっとだけ恨めしくなって、ホールを覗く。
ふと、ドリンクバーだけで長居する男性客が目についた。四人席をひとりで占拠し、ずっとスマホをいじっている。店内に飛んでいるフリーWi−Fi目当てだろうな。動画かSNSかアップデートか、そんなとこ。
駐車場のモニターを見ると、一台が入庫している真っ最中。いかつくないミニバンだから、家族連れか。男性客には、そろそろ席を立って欲しい。
さてさて、人間様の出番かな。京都のぶぶ漬けのように、水を注ぎに男性客のもとへと向かう。
行き交うお客様、ネコちゃんを避けてテーブルの脇で立ち止まり、営業スマイルを振り撒いた。
「お水のおかわりは、いかがですか?」
すると男性客は気不味そうな顔をして、スマホの画面をタップした。真っ黒な画面は文字だらけで、それが高速でスクロールする。
「いや、いいよ。ごちそうさま」
男性客はショルダーバッグにスマホを仕舞うと、伝票を抜いてセルフレジに向かい、そそくさと会計を済ませて退店した。
変な人、と思いながら通りすがりのネコちゃんにグラスを託す。
そのときだ、微かにキイン……と音が鳴った。
何の音だろう、食器がぶつかった音でもない。
甲高い響きは、厨房にこもる他の店員はもちろんのこと、団欒を過ごす家族連れも気づいていない。これが耳孔を突いたのは、私ひとりだけだった。
するとテーブル脇のネコちゃんが、高速で回転しはじめた。
「ぎゃああああああああああああああああああ!!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「熱ッ! 熱ッ! 熱ッ! ぅわ熱ちちちちち!!」
「びゃあああ! うえええん! あばばばばば!」
熱々ドリアがお母さん、チャーシューメンが長男に、熱々の鉄板がお父さんに襲いかかった。末っ子はキッズプレートの色々まみれでギャン泣きだ。
そんなバカな! ネコちゃんのプログラムは……よく知らないけど、完璧なのに! 知らんけど。
ネコちゃんの不始末を謝罪するのは、人間にしか務まらない。なんてこった、ホールの店員は私だけじゃないか。どうせ並んでいなかったんだ、あの男に好きなだけ居座ってもらうんだった。
「申し訳ございません! 店長おおおおお!」
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