雪うさぎの願い事

@akihazuki71

第1話

 まるい飾り窓のあるその家は、周りに建ち並ぶ家より少し大きかった。周囲をぐるりと塀で囲われていて、大きな四角い門柱に格子状の門扉がついていた。

 片側の門柱の上に、小さな雪うさぎが載せてあった。

 二日ほど雪が降り続き、辺りは真っ白になっていた。雪うさぎはこの家の末娘が作ったもので、庭に植えてあった南天の赤い実の目と葉っぱの耳がついていた。

 雪うさぎには少し気がかりなことがあった。通りの方を向いていた雪うさぎは、ぼんやりと遠くを見ていた。その時、向かいの家の前に立つ雪だるまが目に入った。

「そういえば・・・昼間、雪だるまさん達がつま先が何とかと話していたわね。」

雪うさぎは思い切って話しかけてみることにした。

「あのー、そこの雪だるまさん達!」

雪うさぎは大きな声で呼びかけた。

「ボク達のこと?」

「オレに何か用かい、雪うさぎちゃん。」

「はい、何かお困りですか?」

向かいの家とその隣の家の雪だるま達が、答えてくれた。

「あの、ちょっとお願いしたいことがあるんですが。」

雪うさぎはさっきよりも控えめな声で話しかけると、雪だるま達はそれぞれ違う言い方で、話を聞くと応じてくれた。

 

 それは、雪うさぎを作ってくれた末娘についての話だった。

 降り積もった雪にこの家の三姉妹も大喜びで、外に飛び出した。すぐに、上の二人の娘は雪だるまを作り始めた。しかし、小さい末娘は上手に作ることが出来ず、母親に手伝ってもらって雪うさぎを作った。

 出来上がった雪うさぎはとてもかわいらしく、二人の姉も褒めてくれた。末娘はとてもうれしかったので、もっと見てもらいたくて門柱の上に飾って欲しいと頼んだ。

 門柱の上の雪うさぎを眺めていた末娘は、突然、庭の中を駆け回り始めた。とても嬉しそうに笑っていたので、そこにいた全員が同じように笑顔になった。

 しかし、鈍い音がして末娘がその場に倒れ、大きな声で泣き出した。一瞬で皆の顔から笑顔が消え、末娘に駆け寄った。泣きじゃくる末娘から、ようやくどこが痛いのかを聞き出すと、母親が靴を脱がせた。すると白いソックスのつま先に、赤いシミがにじんでいた。すぐに近くの病院に連れていった。

 しばらくして、母親に抱かれて帰ってきた末娘は、とても悲しそうだった。

 雪うさぎは深くためいきをついた。

「あの子のことが、とても心配なの・・・」

 雪うさぎがとても落ち込んでいるのを見て、雪だるま達は何と声を掛けていいのかわからなかった。

「それは、かわいそうでしたね。」

「ああ、かわいそうにな・・・」

「・・痛かったんだろうね・・・」

 皆がしんみりとなっていると、向かいの隣の家のニット帽をかぶった雪だるまが、思い出したように言った。

「そういえば、ワタシ達に何かお願いがあると言っていましたね。」

「ああ、さっきそう言ってたな。」

そう続けたのは、向かいの家の青いバケツをのせた雪だるまだった。

「ボク達にお願いってどんなこと?」

最後にそう言ったのは、青いバケツの雪だるまの隣りにいた、赤い小さなバケツをのせた雪だるまだった。

「昼間、雪だるまさん達が何かつま先のことを話しているのが聞こえて・・・」

雪うさぎはそう言うと、さらに続けた。

「それで、あの子のケガが早く良くなる方法があるのかと思って。何か知っていたら教えて欲しいの。お願い、雪だるまさん!」

真剣な様子の雪うさぎに、雪だるま達は少し気まずそうにしていた。そして、ニット帽の雪だるまが、徐に言い出した。

「実は、あれは・・・、その、雪うさぎさんが知りたいようなことじゃないんです。本当に申し訳ないんですが、他愛のない話なんですよ。」

 

 昨晩降った大雪に埋まっていた雪だるま達は、それぞれの家族に救い出され、前よりもきれいに修復された。さらにニット帽の雪だるまは、木の枝を差した小さなくつ下をつけてもらった。そのつま先には星の飾りがついていて、それがとても気に入ったようで、隣の家の雪だるま達に自慢していたのだった。

「どうですか?いいでしょう、このくつ下。特につま先の星がいいんですよね。」

「そうだな、おまえの家の子は本当にやさしいよな。」

自慢気なニット帽の雪だるまに、青いバケツの雪だるまは少し皮肉を込めて言った。

しかし、赤いバケツの雪だるまは思いもかけないことを言った。

「ねぇ、つま先ってなに?」

「おまえ、つま先もしらないのか?」

あきれた青いバケツの雪だるまは、キョトンとしている赤いバケツの雪だるまに自慢気に言った。

「いいか、つま先ってのは足の先、足の指先のことだ。」

「あー、そうなんだ。」

「まあ、オレ達には足はないからな、知らなくてもしょうがないか。」

「そうですね。足だけじゃなくて、足に履くものにも言いますね。このくつ下のつま先や靴のつま先みたいにね。」

ニット帽の雪だるまが付け加えるように言った。


 雪だるま達の話を聞いていた雪うさぎはしょんぼりとしてしまった。

「そう、そうだったの・・・」

雪だるま達も少し落ち込んで黙り込んでしまった。

「あの子のけがが早く治るように・・・と思って、それで・・・」

雪うさぎはぼんやりとつぶやいた。

「本当にすみませんでした。」

「ああ、悪かったな。」

「うん、ごめんね。」

「ううん、あなた達は悪くないわ。こっちが勘違いしただけよ、気にしないで。」

雪うさぎが少し微笑んだので、雪だるま達も少し微笑んだ。

「そうですよ。みんなでお願いをしましょう。」

突然、ニット帽の雪だるまが大きな声を出した。

「何事だ、突然大声なんか出して。」

「そうだよ、お願いって?」

「家の子がやっていたんですよ。私の前で両手を合わせて、神様どうかお願いです、雪だるまさんがもう壊れませんようにしてください。って。」

「ああー、それ、ボクの家の男の子達もやってたよ。」

「たしかにな。」

「え、神様に、お願いするの。」

「そうです、ワタシ達にはケガを治すことは出来ませんけど、神様にお願いすることは出来ますよ。」

「うん、そうだね。」

「それはそうだけど・・・」

「・・・やってみるわ、少しでもあの子のためになるなら。やってみたい!」

 雪うさぎがそう言ったので、雪だるま達も一緒にお願いすることになった。


「神様、どうかお願いです。あの子のケガが早く治りますように。」

雪うさぎがそう言うと、雪だるま達も続けて言った。

「ワタシからも、神様どうかお願いします。」

「ボクも神様、どうかお願いします。」

「オレからもどうかお願いします、神様。」

そう言い終えるとみんな嬉しくなり、誰からともなく笑い出した。

「どうもありがとう。何だか気持ちが楽になったみたいだわ。」

雪うさぎは明るい声で言った。雪だるま達も同じように明るく答えた。

「いいえ、とんでもない。お役に立てて良かったです。」

「そうだよ。気にしないで。」

「こっちこそいい気分にしてもらったよ。ありがとう。」

雪うさぎはすっかり元気を取り戻したようで、続けてこう言った。

「ねぇ、せっかくだからもう少しおしゃべりしましょうよ。いいでしょ?」

 そう言うと雪うさぎは、末娘が病院へ行っている間に家の前を通りかかった人々の話を始めた。最初に通りかかった二人の女の子が雪うさぎに気付いて、「かわいい」と何度も褒めてくれた。という話を皮切りに、男の人が笑いかけてくれた、小学生の集団が、親子連れが、などと話は延々と続いた。

 昨夜と違って夜空には星が瞬いていた。

「ねぇ、まだ続くの・・・」

「もうそろそろいいのではないでしょうか・・・」

「そうだな、もうそろそろな・・・」

「え、もう少しいいでしょ?」

 雪うさぎの自慢話は更に続いて、段々と空が明るくなり始めて来た。雪だるま達はもう相槌を打つのにも疲れてしまった。その間にも夜は明けていった。

 やがて、辺りに陽の光が差し込んで来た。

 今日はいい天気になりそうだった。

 きっと、あの高い門柱には太陽の日差しが、よく降り注ぐことでしょう。


おわり

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